新そよ風に乗って ⑦ 〜Saudade〜

忙しく変わる感情が、あちらこちらに飛んでしまって心が落ち着かない。
あの人のことは、この先もきっとあの曲を聴くたびに思い出してしまうだろう。 でも、それは高橋さんが言っていたように、自分の糧になると思えるように。 そんな日が訪れると信じて、頑張ろう。
高橋さんや、まゆみのように、物事をもっと前向きに考えられるようになりたい。
ギュッと、力を込めて抱きしめてくれていた高橋さんが、私の両肩を持って少し離すと両サイドに手を突いて真上から私を見つめた。
「抱いていいか?」
「エッ……」
空気を含んで籠もった、声にならない声が出た。
高橋さんが、私の左頬をスッと撫でながら包み込む。
「で、でも、高橋さん。 さっき、ニューヨークから帰ってきたばかりだから疲れもそろそろ出てくる頃だし、は、早く寝た方がいいって……」
無意識に、両手を胸の前で握っていた。
「フッ……前言撤回。 明日は、何処も行かないで家でゆっくりすればいい。 朝寝も、出来るしな」
高橋さんが、悪戯っぽく笑いながら私の髪を掻き分けた。
ハッとするような、その笑顔にキュンとなってしまう。
「そ、それは、そうかもしれないですけど……」
でも、その大好きな笑顔は直ぐに消え、代わりに暗闇のシチュエーションも加わって、妖艶な微笑みを浮かべながら私を見下ろす高橋さんがそこに居た。
「今は、きっと良い意味で俺の本能がそう言わせてるのかもな。 お前を抱きたいって」
「えっ……アッ……ンンッ……」
深いキスを落とされ、夢見心地のまま高橋さんに体を委ねる。
何も分からない私は、リードしてくれる高橋さんに全てを依存している。
高橋さんとエッチはまだ2回しかしてなかったけれど、縦横無尽に私の肌の上を好き勝手に動いている、手と唇。
愛を優しく刻み込む、高橋さんに敏感に感じてしまう。
そんな今夜の高橋さんは、今までで1番激しかった気がする。
何度か高橋さんに耳元で囁かれても、直ぐ傍に居るのにまるで遠くの方で高橋さんの声がしているようにしか聞こえない時があった。
「アッ……ダメッ……」
「フッ……駄目じゃない」
高橋さんが、耳元でそう囁く。
そのうち、だんだんと薄れゆく意識の中で、高橋さんの声が微かに聞こえた気がした。
「俺は、お前に……」
高橋……さ……ん?

どれくらい、寝たんだろう。
目が覚めると、もう陽がだいぶ昇っている時間のようだった。
隣に高橋さんの姿はすでになく、ただ昨日の余韻が体全体に感じられ、気怠さを身に纏いながら起きて身支度を調えて寝室のドアを開けられたのは、すでに10時を過ぎていた頃だった。
そんな私をチラッと見た高橋さんは、相変わらず涼しげ表情でクスッと笑いながら、朝食をテーブルに運んで来てくれた。
「フッ……大丈夫か?」
「もう! 知らない」
恥ずかくて、高橋さんから顔を背けた。 
「ハハッ……。 陽子ちゃん。 まだまだだな」
高橋さんったら、馬鹿にして……。
少し遅めの朝食を食べ終わってから、ゆっくり日溜まりの午後を過ごし。ランチは昨日の残った料理を適当に摘んで済ませ、DVDを観たりテレビを観たりして過ごした。
何をするでもない、そんなごく普通の日常のような過ごし方が、この上ない極上の休日に感じられた。
隣に高橋さんが居てくれるだけで、それだけで満たされるという贅沢なこの時間が愛おしい。
日の短い冬は、夕方から夜が訪れるのも早い。
「出掛けよう!」
「えっ? 今からですか?」
遅くならないうちに、そろそろ帰ろうかと思っていた矢先の高橋さんの思わぬ言動に、咄嗟に聞き返してしまった。
「ああ。 いいものを、見に行こう」
「いいもの?」
ずっと家に居て、高橋さんは少し退屈していたのかもしれない。
「帰る支度もしていけよ。 そのまま家に送るから」
「はい」
あっという間の3日間だった。帰り支度をしながら、名残惜しい気持ちになった。
けれど、昨夜のせいか何となくまだ体が怠かったので、明日からのことを考えるとこのまま家に帰ってもいいような気もしないでもなかった。