新そよ風に乗って ⑦ 〜Saudade〜

そう……今、目の前にいる女性こそが、ミサさん。 前にも会ったことはあったけれど……この人こそが、高橋さんの忘れられなかった女性。 ミサさんだった。
過去は、過去として……私と向き合ってくれたはずの高橋さんは、やはりミサさんを忘れられなかったんだね。 高橋さんと、よくお似合いの美男美女。 こんなに綺麗な女性だもの。 最初から敵うわけがなかった。 馬鹿みたい。 1人で高橋さんが向き合ってくれたと喜んで、有頂天になって。 私は……私は、もう……。
高橋さんと目が合わないように顔を背けて、ミサさんの横を通り過ぎて病室を出ると、直ぐに通路を走り出した。
「あれ? 陽子ちゃん。 もう、帰るの?」
明良さんが、前から歩いて来た。 でも、今は明良さんとも話したくない。
右手の甲で顔を隠しながら、明良さんの横を走り抜けた。
「陽子ちゃん!」
明良さんの声が後ろでしていたが、エレベーターがちょうど来たので上でも下でもいいと思って飛び乗った。
高橋さんは、私ではなくミサさん。 ミサさんを必要とした。
『 ミサ…… 』
昔、高橋さんが私をミサさんと間違えて呼んだ時の、高橋さんの声が蘇って来た。
聞きたくない。 もう、その名前。
面会受付でバッチを返して病院を出た途端、ひざの痛みを感じて立ち止まり、またゆっくりと歩き出した。

家までどうやって帰って来たのか、あまりよく覚えていない。 電車に乗ったことは確か……玄関の鍵を開けてそのまま着替えもしないで、ベッドの上にダイブした。
ミサさんは、やっぱり綺麗で素敵な人だった。
背も高くて大人で……まるで私と正反対。
高橋さんがミサさんを選んだのも、分かる気がする。 でも、旦那さんと子供はどうしたんだろう?
もしかして、離婚したのかもしれない。
そんなことは、もう関係ないんだ。 高橋さんは、はっきりとあの時、ミサさんと私を前にして、私に向かって出てってくれと告げた。
それが、全て。 高橋さんにとって、ほんの短いたった2ヵ月だけの付き合いの私より、何年付き合っていたかは知らないけれど、今の私よりも過去のミサさんを選んだのだから。
私は、過去のミサさんにやっぱり勝てなかった。 それだけのこと。
哀しい現実の今日の出来事が頭の中をずっと巡っていて、すっきりさせたくて冷え切った心と体も温めようとお風呂に浸かっていた。
高橋さんに言われたひと言が、胸に突き刺さっている。 さっき言われたばかりなのに、 もう何年も前に言われたみたいに感じる。 それだけ高橋さんが、凄く遠い存在になってしまったからかな。
もう、病院には行かれない。 ミサさんに、会ってしまうかもしれないから。
でも、それは言い逃れでしかない。 本当は、高橋さんに会える口実がもうなかった。 あんなに、はっきり言われてしまったら会う勇気もない。