私の縦笛がなくなった。

それは突然の事だった。みんなには言えない。

縦笛がなくなったなんて……。

「どうしよう。今日は体育祭なのに」

「里美どうしたの?」

「えっ、なっ、なんでもないよ!」

「ほんと? なにか隠してない?」

「隠す事なんてないよ。それより早くいこ!」

私は動揺を隠すように友達の背中を押して教室を出ていく。

今日は楽しい体育祭なんだ。今を楽しまなくっちゃ、だよね!




「第101回青蘭高校体育祭をここに宣言するッ!」

眼鏡をくいくいしながら生徒会長が高らかに体育祭の開会を宣言する。

一部の女子が異常気象の暑さにやられて気絶しているけど関係ない。

伝統ある体育祭がここに幕をあけたのだ。

うちの体育祭はかなり色々な競技が行われ、男女ともに全身全霊で行う。

本気(マジ)な青春を行う私たちはきっとキラキラと輝いているはずだ。

「ねぇねぇ、みて!」

友達が私の服の袖をひっぱってある方向を指さす。

その先にいたのはこの学校一のイケメンである道明寺フミヤ先輩だった。

先輩は背が高く、周りに人がいてもよくわかった。

「先輩の玉入れみてた? やっぱりバスケ部だけあって玉入れうまいよね!」

「あー、ごめん。私あんまりみてなかった」

「えー、そうなの? 里美ってあんまりイケメンとかに興味ないよね」

「うん、なんていうか生きてる次元が違い過ぎてね。視界に入らないのかなぁ」

「なにそれー、イケメンは見るだけでもいいじゃん。目の保養だよー」

そう言って友達はうっとりとした目でフミヤ先輩を見つめる。

フミヤ先輩は確かに顔は整ってるし髪はサラサラだし、声もイケボだし、かっこいい要素をこれまでかと備えている。

だからこそ私なんか見るのもおこがましいとか思っちゃうんだよね。

ちょっと自分に自信がなさすぎるとも思うんだけど、もうこればっかりはしょうがないと思っている。

「あっ、次は私たちのクラスの番だよ」

「そうだね。やるからにはがんばろう!」

私は友達と一緒にグランドへと飛び出す。

今はイケメンより玉入れ、だよね!





競技が進めば時間も進む。今は昼休み。みんなで楽しくお弁当タイムだ。

私はこの時間を利用して校舎へと戻る。

どうしても縦笛の事が気になってしまっていたからだ。

なんで縦笛がなくなっていたのかわからない。あれにはお気に入りのシールを貼っていて大切なものなのだ。

時間がなくてちゃんと探せなかったしよく探せばあるかもしれない。

私はそんな思いを込めて自分のクラスへと急ぐ。

今は体育祭の真っ最中だし、校舎の中に人はいない。

外にはたくさんいるのに中には誰もいないなんて少し不思議な感じだ。

「――ッ!?」

「えっ!?」

教室に戻ろうと階段を上っていた私の前に突然思いもよらぬ人物が現れて驚いた。

それは先ほど友達との話題の中に上がっていた学校一のイケメンである道明寺フミヤ先輩だった。

先輩だから普段はクラスが違い、こんなに間近でフミヤ先輩の事を見たことはなかった。

長いまつ毛がついた二重の大きな瞳に吸い込まれそうになる。

「おい……大丈夫か?」

「( ゚д゚)ハッ!」

「なんかボーっとしてたけど……」

「あっ、すみませんすみません!私なんかが私なんかがっ!」

「えっ? なに? どういう事?」

「あっ、いえ、取り乱してしまって!」

「ぷっ」

フミヤ先輩が私の様子に耐えきれなかったのか噴き出してしまう。

私は恥ずかしくなってうつむいた。

もう、こんなの顔がゆでダコだよー。

「おもしれー女」

「えっ?」

フミヤ先輩の言葉に私は顔を上げる。

するとそこには私の事を意味ありげな瞳で見つめる先輩の綺麗な顔があった。

「おーい、フミヤ。なにしてんだ?」

と、後ろの方から声がした。

見ると階段の下には男子生徒がひとり立っていた。

来ている体操服から見るとフミヤ先輩と同じ上級生のようだ。

「なんだ貴士か」

「なんだ貴士か、じゃねーよ。探してたんだぞ。なんでこんなところにいるんだ?」

「わりぃ、ちょっとな」

「まあなんでもいいけどよ。一緒に飯食べよーぜ!」

「ああ、わかった。今行くよ」

フミヤ先輩がそういうと私の横を通り抜けていく。

その時、私に聞こえるか聞こえないくらいの小さな声が聞こえた。

私はその声を聞き逃さなかった。

「またな」

私はその場に固まったまま銅像のようになってしまった。