薬術の魔女の結婚事情


「じゃ、今日はわたしの番だもんね」

 手袋越しで手に触れ合った後、むん! と何やら胸を張り、薬術の魔女は魔術師の男に言い放つ。

「そうですねぇ。好きに為(す)ると良いでしょう」

彼は余裕そうに答える。その様子は『小娘如きに何か出来る訳も無いだろう』とでも言いたそうな、やや舐めた態度である。(と、薬術の魔女は判断した。実際の所、彼は『此の娘は何をしてくれるのだろうか』とやや楽しみにしていた模様。)

 そろそろと手袋を外し、彼女は身構える。魔術師の男の方は、今回は触れないので手袋は付けたままだ。

「むむ……」

眉をひそめて彼にゆっくりと近付く。その様子がまるで、獲物を追い詰める狩りのようだと薬術の魔女を眺めながら魔術師の男は思った。

「……私は逃げませんよ」

 躙(にじ)り寄る彼女に言うも、彼女はゆっくりと近付くだけだ。
 そして。そっと腕を伸ばし、魔術師の男の顔に触れる。

「ふー」

よく頑張った、と言いた気に彼女は深く息を吐いた。

「…………終わりですか?」

 薬術の魔女の柔らかい手のひらの感覚を味わいながら、魔術師の男は問う。

「えっと、」

少し視線を逸らし、

「……目、閉じてもらって良い?」

気恥ずかしそうに彼女は問う。

「分かりました」

 言われるままに彼は目を閉じた。

「ちょっとお口開けてー」

何か薬でも投与されるのだろうかと思いつつ、他にやりようが無いので指示通りに身体を動かす。

 薬術の魔女は、魔術師の男の舌に触れた。
 その触れ方は彼が行ったような魔力を塗り付けるようなものではなく、舌を引き出す(というよりか、『引き摺り出す』)ような触れ方、いや掴(・)み(・)方(・)だ。

「んっ、」

一瞬、さすがに彼もぴく、と身を強張らせたがそれだけだった。むしろ、

「ながっ!?」

と、薬術の魔女が驚く事態に陥る。引き摺り出した彼の舌(それ)は人間のものよりも、明らかに長かった。そして、ややざらざらしているようにも見える。
 そういえばと思い出してみれば、彼は歯も尖っていたような。思い出し、視線を向ける。舌の奥や僅かに開いた口の隙間に見える彼の歯は、間違いなく尖っていた。

「すっごーい!」

新しいものを発見した、とばかりに薬術の魔女は目を輝かせる。そして、

「あ、ごめん」

 やや呆れたたような、苦しそうな彼の視線に気が付き、手を離す。気がつけば、彼の唾液で手がややぬるぬるになっていた。

「きみってば舌長いね!?」

 口を閉じ、口元に手を遣ってやや苦悶の表情を浮かべる魔術師の男に、薬術の魔女はやや興奮気味に問いかける。

「……そうですね。私、猫ですので」

柳眉をひそめたまま、彼は答える。

「ねこちゃん?」

「はい」

「ねこちゃん」

「そうで御座います」

「ねこちゃーん?」

「っ、顎を撫でるのはお止めなさい」

「喉鳴らないの?」
「…………」

 問われ、そっと魔術師の男は目を逸らす。
 その様子を見て、『喉も鳴るんだー!』と薬術の魔女は思ったのだった。

×

「ち、ちゃんとしてあげるから、機嫌直してよ……」

 口元に手を遣ったままの魔術師の男に、おずおずと薬術の魔女は声をかける。

「……ち(・)ゃ(・)ん(・)と(・)、とは」

「えっとー……」

彼が問うと、薬術の魔女は視線をものすごく泳がせ

「昨日のきみ……みたいにして、あげるから、さ」

唇を尖らせつつも答えた。

「ふむ」

目を細め、魔術師の男は彼女を見る。

「まあ。『好きにしろ』と言ったのは私で御座いますからね」

目を閉じ、彼はソファにそのまま凭(もた)れかかった。『こちらからは何もしない』という意思表示のようだ。

「うぅー」

 唸りながら薬術の魔女は魔術師の男に近付き、

「ん」

 一瞬、唇を重ねた。

「……おや」

 どうだ、と言わんばかりに薬術の魔女は頬を染めつつも得意そうな顔をする。

「今、何(・)を(・)し(・)ま(・)し(・)た(・)?」

ゆっくり目を開いた魔術師の男は、心底不思議そうな様子で問う。

「えっ?」

「私、見ておりませんで。何をされたのかさっぱりで御座います」

「え……」

 つまり、『もう一度してくれ』ということだろうか。彼女は少し視線を彷徨(さまよ)わせた後、

「んっ!」

 彼の頬に手を添え、唇を重ねた――のを待ち構えていた様子で

「んむ?!」

魔術師の男は薬術の魔女の後頭部を押さえて舌を入れた。
 ざらついた舌が彼女の舌を撫で、彼の魔力の味が口に拡がる。
口内を撫で上げられ、ぞわ、と不思議な感覚を得る。

「ぷは、」

すぐに彼の手が後頭部から離され、薬術の魔女は咄嗟に彼から離れた。

「な、な……」

 驚きと羞恥に身を振わせる彼女に、

「……嗚呼。貴女が大変に可愛らしい事をしますのでつい加減が」

と、舌舐めずりしながら魔術師の男は半笑いで答える。

「な、何?」

「何とは。唯の口吸いですが」

「ちゅーって、なんかこう、ちゅってするやつじゃないの?」

「はぁ、成程?」

「なるほどじゃないよ」

「妙な味はしなかったでしょう」

「そーゆーのじゃないよ!」

と薬術の魔女は顔を赤くして憤慨した。

「どうせ最終的にはしますよ」
「ん゛ー」

涼しい顔の魔術師の男に、顔をくしゃくしゃにして彼女は唸る。

「もうちょっと段階踏んで」

「結構踏みませんでしたか」

「ほら、例えばぎゅってする所とかさ!」

「はい。では、貴女が望んだ事ですし、次回は抱擁をしましょうね」

「……へっ?」