※少し、なんだか怪しい感じの内容になりました。

 とある休日、普段のように薬術の魔女は魔術師の男の元に来ていた。

「……ねぇ」

 お茶の入った器で顔を少し隠しながら、薬術の魔女は遠慮がちに魔術師の男を見上げる。

「何で御座いましょうか」

彼は普段通りの様子で本を読んでいた。その本の表紙の文字によれば、魔術の構築の書籍のようだ。
 魔術師の男は本から視線を薬術の魔女に向ける。

「『相性が良い』って、どんな感じなのかな、」

 少し頬を染め、薬術の魔女は魔術師の男から視線を逸らした。

「……興味がお有りか」

「…………だって。なんていうか、法律に影響を与えるくらいなんだもん」

「ふむ。『()(ほど)良いものか気になる』……と」

「……ん」

 薬術の魔女が小さく頷いたのを確認し、魔術師の男は本を閉じた。

「……仕方ありませんね。少しだけ、なら大丈夫でしょう」

「え? な、何するの」

 傍に本を置いた魔術師の男の様子に、薬術の魔女は固まる。

「手袋を、何方(どちら)でも良いので片方外して下さらぬか」

 うっそりと目を細め、魔術師の男は片手を差し出す。

「えっ?! そんな……恥ずかしい、よ」

「貴女が訊いた事でしょう」

たじろぐ薬術の魔女を見つめ、魔術師の男は呆れた様子で溜息を吐いた。

「そ、そうだけど手袋外すの関係ある?」

「えぇ。掌には魔力の放出器官が有りますでしょう」

「……あ。……まさか、」

魔術師の男が言わんとする内容に気付き、薬術の魔女は頬を赤く染める。

「器官同士を触れさせる事が、最も簡単に相性の良さを感じられるのです」

「な、なるほど。……理屈は分かったけど、ほかに方法ないの?」

 薬術の魔女は、口頭で『相性』について説明してくれると思っていた。だが、魔術師の男はそれ以外の方法で教えようとしているらしい。

()れが互いに被害を最小限に済ませる方法で御座いますよ」

「被害?」

「婚前交渉(など)()だ、したくはありませんでしょう」

「っ?! もしかして、その2択?」

 手袋を外して放出器官(指先や手のひら)を直接合わせるか、粘膜接触で体液に混ざる魔力に触れるか。

「えぇ。他は接吻くらいでしょうかね」
「……」

 思わぬ提案に薬術の魔女は耳先まで顔を赤くし、唇をきゅっと結んだ。しかし、婚前交渉と接吻は順序が逆じゃないのか。

「止めますか?」

「…………ほっぺとか」

「はい?」

 消え入りそうな程の小さな声に、魔術師の男は首を傾ける。

「わたし、全身が放出器官だから。わたしのほっぺ触るくらいとかにできない?」

 顔を真っ赤にしながら、薬術の魔女は必死な様子で提案をした。

「……ふむ。まあ、()れでも宜しいが……」

「うん」

 口元に手を遣り、魔術師の男は考えるように視線を少し横に動かす。

「私には手袋を外させておいて、貴女は其れから逃げるのですね」

「む……」

ぼそ、と低く呟かれた魔術師の男の声に、薬術の魔女は少したじろいだ。

「冗談で御座いますとも。私は男ですが貴女は女性。加えて(わたくし)は魔術師(ゆえ)、手袋を外す事も多々有ります。恥じらいに差は御座いましょう」

「…………ん」

恥ずかしそうに頷く薬術の魔女の様子を、魔術師の男は口元に手を遣ったまま静かに見下ろしていた。
 その口元は愉快そうに歪んでいたが、薬術の魔女からは見えなかった。

×

 魔術師の男は片方の袖を少し(まく)り、手袋に手をかけた。薄く伸びる生地のためか、彼は緩慢(かんまん)とした動きで手袋を外してゆく。
 やがて、ぴったりとその手を覆う黒い生地から、手首、手背(しゅはい)が露わになった。
 男性らしい節や筋の目立つ手背は白く、血管の色や形が薄く浮かび上がっている。

「……何か?」

手袋から指をそっと引き抜きながら、魔術師の男は薬術の魔女に視線を向けた。
 ゆっくりと手袋を外すその動作に、目が釘付けになっていたらしい。

「なん、でも……ないよ」

流し目で余計に色気が増したような気がして、薬術の魔女はぎこちなく目を逸らす。

「……準備が出来ましたよ」

「ん、」

 返事をすると魔術師の男は席を立ち、薬術の魔女に近付いた。
 手の平を見せないよう気を付けているらしく、魔術師の男は指先を曲げ軽く手を握っている。

「……では、ゆっくり触れます」

「う、うん」

 薬術の魔女がぎゅっと目をつぶると、魔術師の男が手を伸ばした気配がした。
 彼の少し冷たく硬い指先が、薬術の魔女の()()に触れる。
 自身とは異なるその感触に一瞬、呼吸を忘れそうになったが、耐えた。

「っ、両方で……触るの?」

 薬術の魔女は戸惑いの声を上げるも、

「……その方が、()()()()()感じられるでしょう」

と、愉しそうに笑う。
 そのまま魔術師の男はゆっくりと手を滑らせ、薬術の魔女の頬と触れ合う面を指先から手のひらへと広げる。そして、薬術の魔女の両頬を両手でしっかりと包み込んだ。

「むー……」

 薬術の魔女は少し顔をしかめ、ゆっくりと魔術師の男との温度が馴染むのを感じていた。
 互いに、じわり、と自身と相手の魔力が自身の体内へ染み込むのを自覚する。
 魔力が混ざると触れ合った部分が熱を帯び、輪郭が溶けてしまうと、錯覚しそうになった。
 あまりもの心地よさに、薬術の魔女は、ほう、と小さく息を吐く。
 放出器官同士を触れ合わせる行為は、暖かくてくすぐったいような、ずっと触れ合っていたいような心地だった。

「…………如何(いかが)、です?」

 少しして魔術師の男が声をかけ、ゆっくりと薬術の魔女は目を開く。涙腺が緩んだのか、視界が少し潤んでいた。

「ん、……なんだか、すごい」

 顔が熱くて、頭が茹だりそうだった。恐らく、すごく顔が赤くなっているだろう。心なしか、彼も目元の血色が良くなっているように見えた。

「……(これ)が恐らく、『相性が良い』という事で御座いますよ、『薬術の魔女』殿」

 頬に触れたまま、魔術師の男はゆっくりと答える。

「そう、なの?」

「えぇ。……私は、他の魔力を弾く性質を持ち合わせているので、斯様(かよう)に魔力が混ざった事自体は初めてなのですが」

「……わたし、も初めて、かな」

「…………()れは、如何(どう)言う事で?」

「きみとだと、くっついても疲れなくって、あと……なんだかあったかいの」

「……ふむ。()れは詰まり、馴染み易過ぎて貴女の魔力ばかりが削れていた、と言う事でしょうかね」

 薬術の魔女の言葉に、魔術師の男は仮説を立てた。

「そうなの?」

「恐らくは。……貴女が何とも思わなくとも、相手方が好ましく感じている事、ありませんでしたか」

「……あ、」

「…………覚えが有る様ですね」

 小さく声を上げた薬術の魔女に、魔術師の男は目を細める。

「……ちょっとしかないよ」

「豊富な方が、寧ろ困ります」

 口を尖らせる薬術の魔女に、魔術師の男は苦笑を零した。

「まあ、斯様(かよう)に。()()()()()()を合わせるのが、『相性を確かめる』には実に宜しい、と言う訳で御座います」

 そう答えると、魔術師の男は薬術の魔女の頬からそっと手を離す。

「……ぁ、」

「…………()の様に、」

 さっと手袋を両の手に嵌め、手を隠した魔術師の男は

「物欲しそうな顔をしてはいけませぬ」

にこ、と薄く笑みを浮かべて薬術の魔女に注意を促す。

「えっ、そ、そんな顔してた?」

 薬術の魔女は驚いた様子で、自身の頬に手を当てた。

「……えぇ。まあ」

「…………ごめん、ね」

「いいえ。()()()()()()()宜しいのです」

「うん……ん?」

「さ、これで貴女の疑問には答えました」

 首を捻る薬術の魔女に、魔術師の男は言い放つ。