「体調が大丈夫なら、続きをしようか」

 遥さんがあっさりと離れて教科書をめくったので、私は拍子抜けして「へ?」と変な声を出してしまった。


「どうかしたの?」

「いいえ、何も……」


 遥さんがあまりにも涼しい表情をしているので、ひとりで舞い上がってバカみたいだと急激に恥ずかしくなってきた。

 まるで、自分がいやらしい人間になったような気がして、罪悪感にも似たような気持ちになる。

 勉強中にキスのことを考えるなんて、普通じゃない。


 それから私は頭を切り替えて、しっかりと目の前の問題と向き合うことにした。

 となりの遥さんの仕草にいちいちドキッとするけれど、とりあえずわからないところはクリアした。


「すごい。自分で解けた」

「ほら、コツを掴めばそんなに難しくないよね?」

「確かに、難しいと思い込んでいたけど、ちゃんと解答の方法がありますしね」

「これで数学が好きになったね」

「う、それは……どうかなあ」


 ちょっとできるようになったからと言って好きになるとは限らないよね。


「じゃあ、シャワーを浴びて寝ようか」


 遥さんがそう言って、時計を見ると夜の11時を過ぎていた。

 時間が経つのは早いなあと思う。


「はい」


 返事をして教科書とノートを閉じる。

 そして、思い出すのだ。


 寝る前の挨拶のことを……!