「まあ、おかえりなさい」

 部屋の中からエプロン姿で現れたのは中年の女性だった。彼女はにこやかに挨拶をする。


「はじめまして、奥さま。わたくし家政婦の加賀(かが)響子(きょうこ)と申します」


 うっかり「奥さま」の言葉にどきりとして頬が熱くなった。

 奥さま、奥さま……と脳内で繰り返しこだまする。

 しかし、すぐに慌てて挨拶を返した。


「はじめまして。いろはです」

「まあ、可愛らしい奥さまですね。坊ちゃん」


 坊ちゃん!?

 その呼び方に驚いて遥さんを見上げると、彼は恥ずかしそうに顔を背けながら話した。


「加賀は週に何度か家事をしに来てくれている。これからは君が許可した日にしか来ないようにしてもらうから」

 驚いている私に加賀さんが話しかけた。


「何かご不安なことや相談事があればいつでも加賀にご連絡ください」

 そう言いながら彼女は私の耳もとでこっそりと付け加えた。


「坊ちゃんのことも何でも聞いてくださいね」

 それが聞こえていたのか、遥さんはわざとらしく咳払いをした。


「もういいだろう。遅いから帰っていいよ」

「はいはい。おふたりのお邪魔はいたしませんからね。じゃあ、いつでも連絡くださいね、奥さま」


 私は連絡先を教えてもらい、「ありがとうございます」とお辞儀をした。