病院を出たら風が冷たくて震えた。
遥さんは駐車場の方向ではなく、近くの森のある公園へと歩いていく。
「少し、歩かない?」
そう言われて、私は「うん」と返事をして彼のとなりに並んだ。
見上げるとそこには少し憂いを帯びた表情があった。
さっき、おじさまに強い姿勢でいた彼とも私に明るく微笑んだ彼とも違う。
「遥さん、大丈夫?」
声をかけると彼はわずかに微笑んだ。
私が手を繋ぐと、彼は握り返して指を絡ませてきた。
恋人つなぎだ。
「何か、いい匂いがする」
香ばしいお菓子の匂いがして、その方向へ目を向けると屋台があり、通りかかった人たちが足を止めていた。
「たい焼き食べる?」
まさか、遥さんからそんなことを言われて、私はつい「食べる!」とテンション高く答えた。
彼は屋台で焼きたてのたい焼きを2個買ってくれて、ひとつを私にくれた。
「ありがとう。でも不思議。遥さんもこういうの食べるんだね」
「小さい頃に一度だけ。あれ以来食べてないな」
「おいしい~!」
遥さんはひと口食べてから、遠くを眺めて静かに話した。
「いつだったか3人で屋台の近くを通りかかって、他の子たちがこういうのを食べているのを見てうらやましくなった。でも、母親は絶対に許してくれないから黙っていたら……」
遥さんは一度言葉を飲み込んで、ぼそりと言った。
「父が、買ってやろうと言って……」
遥さんは私に複雑な表情を向けて、微笑んだ。
「あのとき“普通”もあったんだよね」
彼のその言葉は妙に私の胸を締めつけた。
