「呼び出してすまないな。今は忙しいのか? 何か困っていることはないか?」


 おじさまは遥さんに仕事の話を持ち出した。

 だけど、遥さんは素っ気ない返事をする。


「特にありません」

「そうか。お前は優秀だから私が心配することは何もないだろうな」

「ところで話とは何ですか?」


 しんみりと父と子の会話を進めようとするおじさまとは違い、遥さんは容赦なく話をぶち切った。

 おじさまは少し驚いた顔をして(こうべ)を垂れる。


「お前に誤解させていることがあるんだ。私は由香里を裏切ったことなど一度もない」

 遥さんは目を細めておじさまを睨むように見つめた。


「それはどういう意味で言っていますか?」

 おそらく今にも殴りかかりたいのだろうけど、必死に抑えている様子が彼の口調から感じる。


「確かに美景とは結婚前から付き合いがあった。だが、由香里と結婚してからは彼女と男女の関係になったことは一度もない。お前は由香里が亡くなってすぐに再婚したことに憤りを感じているのだろうが、これはお前のためでもあった」


 遥さんは拳をぐっと握りしめて、何かを言おうとしたけれど、おじさまがすぐに続けた。


「あの頃のうちの家は、崩壊寸前だった」


 その言葉に、遥さんは黙り込んだ。

 私は遥さんのとなりで、そっと彼の拳に触れた。

 そうしたら、徐々にその力が緩んでいった。


 何があっても私がそばにいるから。

 大丈夫という気持ちを込めて、私は彼の手をぎゅっと握った。