遥はいわゆる英才教育をされて育った。

 学校には車で送迎があるのでクラスの子たちと遊ぶことはなかった。


 帰宅するとすでに家庭教師が待機しており、すぐに勉強をはじめた。

 夕食のあとは母親に一日の報告を行い、朗読の時間に費やした。読んだ本の内容を暗記して母親に話して聞かせるのだ。


 運動不足解消のためにスポーツに長けた家庭教師が呼ばれ、効率的に体を動かした。

 語学レベル向上のために外国人の家庭教師が呼ばれ、会話力を身につけた。


 母親は遥に何度も同じことを繰り返して言った。


「立派な跡継ぎとなるのですよ」


 怖いくらい真剣な表情で言われた。

 遥は純粋に、何の疑問を持つこともなく、母親の言うとおりにした。

 その言葉の意味を知るまでは――。


 夕食はだいたい祖父と母親と遥の3人でいることが多かった。

 祖父は非常に気難しい人物で、遥は常に怯えていた。


 食事の時間はほとんど無言だが、祖父は一番最初に食べ終えるので、そのあと遥は母親とふたりきりになり、ようやく会話をすることができた。

 そこにはいつも、父親がいない。


「お母さん、今日もお父さんはお仕事ですか?」

「ええ、そうよ。とてもお忙しいお方なの」
 
 母親は笑顔で答えた。


「大変ですね」

 と遥が言うと、母親は笑顔のまま黙った。


 その仕草が暗に『これ以上おしゃべりはするな』という意味だと、遥が理解できるようになったのは、6歳の頃だった。

 彼はこの頃から異常に母親の顔色をうかがうようになったのである。