彼は鞄を置くために書斎へ向かう。

 私はそのうしろをついて行き、思いきって自分の気持ちを伝えることにした。


「あのね、遥さん。私はおじさまにちゃんと伝えたから」

 遥さんは上着を脱ぎながら「何を?」と訊いた。


「私は遥さんの意思を尊重したいって」

 遥さんは「そう」と言って微笑んだ。

 彼はシャツの胸もとを緩めながら書斎から出てきて、私を横目で見ると控えめに笑った。


「いろはもあっちの味方だと思ったんだけど」

 やっぱり、そのように思わせていたんだと思って、慌てて弁解する。


「そんなことないよ! それに、どっちの味方なんて、そんなつもりはなくて……私は遥さんと結婚したんだから」


 遥さんは「ありがとう」と言って今度は笑顔になり、私の背中に手を添えて、ふたりでリビングに戻った。


「あの……本当に、おじさまと縁を切るの?」

 遥さんはもう嫌な顔をすることなく、冷静に落ち着いて返答をした。


「本当はね、成人したらすぐにあの家と縁を切るつもりだったんだ。それをしなかったのは、君がいたから」

「えっ……」

「いろはが大人になって俺と再会するまで、あの家とあの人を利用することにした。あの家と繋がっていれば、かえでさんからいろはの情報も聞けるしね」


 意外なことに驚いて、そして理解した。


「それって、私がいなければ遥さんは……」

「ああ、もうここにはいないね」

 彼はにっこりと笑って言った。