伊吹くんはしばらく私に笑顔を向けてくれていたけど、急に私の背後に目をやって「あっ」と声を上げた。


「秋月、迎えが来たよ」

「え?」

 彼の視線に向かって私が振り返ると、そこには遥さんがいた。



「じゃあ、気をつけてな」

「うん。また学校で」


 伊吹くんは遥さんに軽く会釈をして帰っていった。

 遥さんも彼に笑顔を向けていた。

 伊吹くんを見送ってから、私は遥さんに訊ねた。


「いつからいたの?」

「ずっといたよ」

「え?」

 驚いて見上げると、彼は当たり前だとでも言うような笑顔を向けた。


「気づかなかったよ。隠れて覗き見するなんて……」

 遥さんのことだから、どうせ面白がっているんだろうなと思うと、なんだかモヤモヤした。

 すると、彼は真面目な顔で意外なことを言った。


「覗き見ていたわけじゃないよ。俺は彼に玉砕の機会を与えてあげたんだ」

「どういうこと?」

 遥さんは笑みを浮かべながら言う。


「きちんと振られたほうが、心の整理ができて次へ進めるだろうから」

「わざと声をかけなかったの?」

「ここで邪魔をするなんて野暮だろ」


 ちょっとびっくりした。

 遊園地のときはあんなに伊吹くんを牽制していたのに、一番大事なときは見守ってくれていたのね。

 なんだか、大人だなあって、改めて思ったりした。