朝陽が急に立ち上がり、少し歩いて振り返った。

「ねえ、絢くん。飲みにいかない?」

「誰が……ていうか名前で呼ぶ許可はしていない」

「いいじゃない。あたしと絢くんの仲でしょー」

「は? 冗談じゃない。誰が君と……」


 絢は心底嫌な顔をして頭を抱えた。

 朝陽は絢に近づいて、笑って言う。


「ハルくんの話、聞きたいでしょ?」

「別に。君より多く知ってるから」

「じゃあ、ふたりでハルくんの話で盛り上がろう」

「だから、誰が君と……」


 目の前の朝陽は、ゆらりと歪んで見えた。

 いや、これは、こちらの視界が揺らいでいるのだ。


「ねえ、絢くん。我慢しなくていいよ」


 言われた途端、絢は涙腺が崩壊して、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。

 ただ、朝陽を見つめたまま、瞬きもせずに泣いた。

 失恋を、本当の意味で自覚した瞬間だった。


 朝陽は立ったまま、絢の肩を抱いた。

 絢は朝陽の腕をつかんで、抱きついた。


 周囲から見れば、滑稽な姿かもしれない。

 だが、絢には他にすがりつくものがなかった。


 祭りが終わり、周囲がだんだんと静かになっていく頃。

 暗い空の下で大人の男女が抱き合って泣いている姿を、見た者は誰もいなかった。