「伊吹くんというのか」

 急にそんなことを言われてどきりとした。


「え……うん。伊吹くん……学校の、お友達」

 まだ友達と呼べるほどの仲ではないのだけど。

 だからこそ、さっきの遥さんの発言にはいろいろと言いたいことがある。


「うちのいろは、だなんて……どうして、あんなこと言って」

 おずおずと訊ねると、彼は落ち着き払った顔で返答した。


「俺のいろは、って言うつもりだったんだけどね」

「い、いきなりそんなこと言われても、相手はびっくりするよ!」

「びっくりさせるつもりだったんだよ」

 遥さんはまるで当たり前だとでも言うような表情で笑みを浮かべた。


「結婚してるって言ってないし」

「だから、曖昧な表現で最大限に牽制する言い方をしたつもりなんだけど」


 何を言っているのだろう?

 遥さんの考えていることがわからない。


「どうして、わざわざそんなことをするの? 伊吹くんとせっかく普通に話せるようになったのに。私、そのことを遥さんに言ったよね?」

「ああ、聞いたよ。だから、そうした」

「えっ?」


 ますますわからないよ!


「いろは」

 と遥さんが真顔で呼んだ。

 彼が笑っていないときって緊張する。


「な、に……?」

 恐る恐るうかがうと、彼は少し困ったような顔をして言った。


「君は気づいていないようだから教えてあげる。伊吹くんは君のことが好きなんだよ」


 一瞬、何を言われたのか理解できず、「へっ!?」と間抜けが声が出た。