「こらっ、秋月いろは!」

 頭上で声がして、私は慌てて教科書でノートを隠した。

 見上げるとそこには引きつった顔で見下ろす先生の姿があった。


「あたしの授業がつまらなくて悪かったね」

 先生がそう言うと、クラス全員が大笑いした。

 私は「すみません」と謝りながら頭を下げた。


 授業が終わったあと、私はすぐに教室を出て、先生のあとを追いかけた。


「由希ちゃん!」

 叫ぶと彼女は振り返って、私を半眼で睨んだ。


「間宮先生、でしょ!」

 由希ちゃんは腰に手を当てて、呆れたような顔で私を見た。


 間宮(まみや)由希(ゆき)

 社会科教師で日本史担当。


 今年から私のクラス担任になったのだけど、私は小さい頃からずっと由希ちゃんと呼んでいるから、まだ先生呼びに慣れないでいる。


「ごめん。あの、週末うちに来れる?」

「カレシとの都合による」

「そっか。ちょっと相談したいことがあるんだけど」


 由希ちゃんは周囲を確認するように見まわしてから、私にこそっと耳打ちした。


「例の結婚相手のこと?」

「由希ちゃん!」

「やっぱりね。いいよ。あたしも話が聞きたいと思ってたとこ」

「ありがとう」


 由希ちゃんに話して、私は少しほっとした。