「おはよ、いろは」

 と彼は穏やかな声で話しかけた。

 いろはは恥ずかしそうに布団で肩を隠して「ぉ、はよぅ……」と小声で返した。

 そして彼女は布団で顔まで隠して「きゃー」と言った。


 遥はそれをしばらく真顔で見つめてから、むっくりと起き上がり、無言で布団をめぐり上げた。


「やだ、遥さん。何するの?」

「隠さなくていいよ」

「は、恥ずかしいよ……」

「昨夜はもっと恥ずかしいことをしたけど?」


 未遂だけどな、と彼は胸中で呟いた。

 いろははしばらく布団にもぐっていたが、やがて頭を出して目線だけ向けた。


「あ、あの……恥ず、かしい……けど」

「けど?」

「その……すごく、気持ちよくて、幸せだった」


 彼女は真っ赤に染まった頬を布団から覗かせてぼそぼそと言った。

 遥はそれを真顔で見つめた。


「あ、あの……私たち、えっちなこと、しちゃったよね?」

 遥は真顔で彼女を見つめたままだ。


「あんなに幸せな気持ちになれるんだね。みんなが、そういうこと好きなの、わかるよ」

 遥は一回瞬きをしたが、やはり真顔のまま見つめている。


「あんな、気持ちよくて素敵なことなら、わたし、毎日しても、いいかなあ」

 遥はふっと目線をそらし、口もとに笑みを浮かべた。

 そして、彼女に笑顔を向ける。


「いいよ。じゃあ毎日しよう」

「う、ん……」

「ただし」

「えっ?」

 彼はきょとんとしている彼女に向かって言い放つ。


「まだ何も始まってないからね?」


 彼女は顔から首まで真っ赤になり、またもや布団をかぶった。


(これは時間がかかりそうだ)

 遥は頭を抱える。


 ふたりの夫婦生活は、まだ始まったばかり。