夏休みのあいだ、数学の補講を受けながら、伊吹は目の前のいろはのうしろ姿を何度も見ていた。
社会人と付き合っている。
そのことを思い出すたびにイライラした。
それでも、伊吹にはこの気持ちを彼女に伝える勇気はなかった。
そして、とある日の帰りのことだ。
伊吹はグラウンド沿いを歩いていると、サッカー部の練習風景が目に入った。
部内のトラブルで辞めたのは伊吹と他数人。
肝心なトラブルの元凶はまだ残っていた。
これも、どうでもいい。
サッカーは好きだったが、それ以外のことで煩わしい思いをした。
あれ以来、人と深く関わらないようにしている。
「伊吹くん!」
背後からいろはの声がして、伊吹はどきりとしたが、それと同時に顔面に衝撃を受けた。
その拍子に彼はよろけてつまずき、地面に尻もちをついた。
「いって……」
視界にボールが転がっているのが見える。
「ああー、すいませーん。先輩!」
よく知った後輩の声が聞こえて、苛立ちがつのり、怒鳴りつけてやりたい気持ちになった。
しかし、いつの間にか目の前にいろはがいて、彼はそちらに気をとられてしまった。
「伊吹くん、血が……」
いろはが心配そうに声をかけてくる。
伊吹は猛烈に恥ずかしくなってますます腹が立った。
こんな格好悪いところを見られてしまった。
あいつらを許せない。
「あいつら、思いっきりやりやがった」
なんとか立ち上がり、転がるボールを力いっぱい蹴り上げると、ボールは部員たちのいる場所より遥か遠くへと飛んでいった。
「バカにしやがって」
