伊吹は呆れ顔でそれを拾ってテーブルに置いた。
社員証には『若葉朝陽』と名前が記してあり、今とはまるで別人のような顔つきの写真が載っていた。
「あたし、諦めない! 小説では令嬢の婚約者は悪役で平凡なOLが主役と決まっているのよ」
「いや、現実を見ろよ」
ぎゃーぎゃー騒ぐ朝陽の相手はいい加減疲れる、と伊吹は半分飲んだコーラを手にしてさっさと自分の部屋へ戻った。
2次元など興味はないが、やっぱり社会人よりも同じ年頃の異性だよな、と伊吹は思った。
あまりにも彼女への想いが強すぎたのか、伊吹にとっての大きなチャンスが訪れることになった。
なんと、夏休みに想い人と学校で会えることになったのだ。そして、前の席という幸運。
「おはよう、伊吹くん」
「ああ」
それでも伊吹は素直になることができなかった。
目の前の彼女を見てふと思う。
そういえば、彼女もお嬢さまの部類に入るのだろうか。
しかし、朝陽の言う悪役とは到底思えない。
「……どうでもいい」
うっかり、ぼそりと声に出してしまった。
今のを前の席の彼女に聞こえていないか不安に思ったが、気にしても仕方がないと思った。
