「それ、ただの社交辞令ってやつじゃねぇの?」
「あんたって子は、どこでそんな言葉を覚えてくるのよ」
「で、なんでそれが失恋なんだよ?」
始まってもないのに、と伊吹は呆れる。
朝陽は今にも泣きそうな顔をして話す。
「噂では婚約者がいるらしいわ。ていうか、もう結婚してるっていう噂もあるし」
「ふうん」
伊吹はどうでもよさそうに冷蔵庫からペットボトルのコーラを持ってきて口をつけた。
「相手はお嬢さま。すっごく可愛い子なんだって。年下だよね? きっと」
「知るかよ」
真剣な顔で確認するように訊いてくる朝陽に向かって伊吹は微妙な返事をする。
「ああーん、あたしだって年下なのにぃ!」
「うるせ」
「どうしてよー。2次元だとこういうときってお嬢さまの婚約者よりそばにいる平凡な部下でしょー」
朝陽のバッグから文庫本がはみ出しているのを見て伊吹はため息をついた。
「2次元に影響受けすぎ」
「あたしだってエリート上司とオフィスラブがしたいの!」
「知るかよ!」
朝陽はビールの缶をテーブルに叩くように置いた拍子に、彼女のバッグから社員証がするりと落ちた。
