「ただいま」
伊吹がそう言って帰宅するとたまたま玄関にいた母親に驚いた顔をされた。
「どうしたの? あんたがただいまって言うなんて雨でも降るかしら? それとも嵐?」
「うるせぇよ」
母親は笑いながら祖母を呼んだ。
「おばあちゃーん、伊吹が挨拶するようになったのよー。反抗期終わったかしらー?」
「マジうるせー」
「うそうそ。ちゃんと挨拶するようになって嬉しいのよ」
「俺が挨拶しないみたいに言うなよ」
実際、家に帰ってきても無言でキッチンへ直行してジュースを飲んで、リビングには祖母が陣取っているのでさっさと自分の部屋へこもるのだが、今日は違った。
なんと言っても“社会人”のワードが頭から離れず、自分がどうにも小さい人間に見えて腹立たしかったからだ。
伊吹はさっさと靴を脱いでリビングへ向かった。
すると、そこには祖母ではなくいとこがいた。
「は? 朝陽? 何してんの?」
テーブルに突っ伏しているいとこに向かって伊吹は怪訝な表情を向けた。
「こらァ~伊吹ィ~呼び捨てにするなァ~朝陽お姉様と呼びなさいよお」
彼女の前には空の缶ビールが3本と日本酒の瓶が置かれている。
「うわ、最悪。うちで酔っ払うなよ」
「うるさーい……子供にはわかんないわよぉ」
伊吹が呆れた顔をしていると、母親が背後から説明をした。
「朝陽ちゃん、失恋したみたいよ」
伊吹はどきりとして、一瞬自分が言われたのかと焦った。
