伊吹はどうしても、いろはと顔を合わせて話をすることができなかった。
彼女が近くに寄ってくるだけで鼓動が高鳴り、顔が熱くなり、緊張して手が震えるのだ。
こんな経験は初めてだった。
しかし、毎日いろはの姿を見られるというのは少なからず伊吹の生活に影響を与えた。
まず、彼は真面目に授業に出るようになった。
いろはの進学先はわからない。
内部進学をするのか、それとも外部の大学を受験するのか、専門学校へ行くのか、あるいはもう社会へ出て働くのか。
それでも、それらのどれかに当てはまっても自分は気軽に動けるように、彼は勉強を頑張ることにしたのだった。
急に成績が上がったことで親も驚き、感激していた。
それは伊吹にはどうでもよかったが、ただ頭の悪い男でいたくなかった。
いろはとはまともに話をすることはできなかったが、小春を通して彼女のことを知っていた。
そうやって、彼は1年以上の片想いをしてきたのである。
そんなときに、小春との会話を偶然聞いて、いろはに社会人の恋人がいることを知ったのだった。
