「くそ……不意打ちとか卑怯だろ」
伊吹くんの言葉に、彼には何かサッカー部を辞めた理由があるのだろうと悟った。
「あの、伊吹くん。あの人たち、わざとなの?」
「俺のことが気に入らないんだよ」
「だからって、こんなことするなんて……」
「くっだらねぇ」
伊吹くんは吐き捨てるようにそう言って、額の傷を押さえた。その手に血が付着する。
「大変、手当てしなきゃ!」
「平気。これくらい放っておけば治る」
「細菌が入ったら大変だよ。ちゃんと消毒しないと!」
「平気だって」
「伊吹くん、保健室に行こう」
「え?」
目の前の人が顔面から出血しているという現実で、私の彼に対する苦手意識は吹っ飛んでしまっていた。
私は彼の手を握って、そのまま保健室へ向かった。
だけど、途中でふと気づいた。
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて手を離したら、彼は驚いた顔で私を見て、それから思いっきり顔を背けた。
うわあっ……やってしまった。
これ、完全に嫌がられてるよ。
「ごめんね。えっと、傷は痛くない?」
遠慮がちに訊ねると彼は無言でただ頷いた。
ああ、私は何をやっているんだろう。
伊吹くんからすれば迷惑かもしれないのに。
それから私たちは何も話すことなく、気まずい空気のまま保健室へと向かった。
