遥さんが私の頬に触れようとした。
私は体が固まって身動きできず、怖くてぎゅっと目を閉じた。
すると何もなかったのでそっと目を開けると、彼は鬱々とした表情をしていた。
どう答えたらいいのだろう?
そもそも、私は遥さんのことを好きなのだろうか。
推しに似ているからという憧れだけで結婚してしまって、今さら気づく。
遥さんに触れられるとドキドキしたり、キスをするときゅんとするのは、今まで経験したことのない行為だからなのかな。
それは本当に好きという気持ちとは別なのかもしれない。
わからない。
ああ、私は何もわかっていなかったんだ。
何も知らないから、結婚に至るまですべて遥さんの言うことにすんなり従ってきた。
ただ流されるままに、彼の思惑どおりに、私は人形のように動いてきただけだったのだ。
「遥さん、わたし……」
この結婚生活についてもう一度考える機会がほしい、という話をしようとしたら、彼の言葉に遮られた。
「せっかくの料理が冷めたね。温めるよ」
遥さんが料理の皿を手に取ってキッチンへ持っていく。
「あの、私が……」
「いいよ。俺がやるから。シュークリームもあとで食べようね」
「……はい」
また、言いくるめられてしまった。
彼はとても柔らかい表情で優しく私に命令をする。
そして、私はあたかも自分の意思で行動しているような錯覚をして、彼の命令に快く従っている。
それが計算し尽くされたものだなんて、一度も疑うことなく。
