無理やりなのに優しいキスだった。少し落ち着いてくると、なんだか頭がぼうっとして、心地よくて体の力が抜けていった。

 さっきまで怒りと困惑に満ちていた心は不思議と穏やかで、なぜ私はあんなに取り乱していたのだろうと思った。


「いろは」

 遥さんがささやくように私の名前を呼ぶ。

 それがとても心地よく感じた。

 だけど、彼に対する不信感が消えたわけじゃない。

 私は戸惑いとかすかな喜びのあいだで揺れ動いた。


 遥さんが私の首筋からだんだん下のほうにキスをしていった。

 そして、彼は私の服の中に手を入れてまくり上げる。


「だっ……だめ!」

「いろは」

 力強く名前を呼ばれて、彼の顔を凝視した。

 彼は今まで見たこともないほど鬱々とした表情で、悲しげに私を見下ろしていた。


「は、るか、さん……?」


 私はこの顔をどこかで見たことがある。

 これと同じような悲しみに満ちた顔を。

 遠い記憶の向こうにあって思い出せない。


 ――ちょうど弟の奏太(かなた)さまがお生まれになった頃――


 突然加賀さんの言葉が脳裏をよぎった。

 奏太くん……奏太くんは知っているような気がする。

 たぶん、一緒に遊んだ。だけど、遥さんはそのときいなかったよね……。

 記憶にないから。


 じゃあ、どうして私のことを好きになったの?

 いつ、私はあなたと会った!?