「あら、もうこんな時間だわ」
加賀さんが壁時計に目をやって慌てて立ち上がった。
時計は夕方の5時半を過ぎていて、私もすっかりおしゃべりに夢中になっていたので気がつかなかった。
加賀さんが食器の片付けをしようと手を伸ばした。
「私がやりますから」
「いいえ。今日はお仕事で来ているのに奥さまにこのようなことはさせられません」
「加賀さん、奥さまになってる」
「あら、これは失礼しました。いろはさんは私がいるあいだはおひとりの時間を自由にお過ごしください」
そう言って、彼女はさっさと食器を片付けはじめた。
なので、私はテーブルを拭くことにした。
自由にって言っても、私はひとりでいるよりやっぱり誰かと一緒に何かをしているほうが楽しい。
だけど、遥さんはそうではないのかな、とふと思った。
「あらまあ、私ったら失敗したわ!」
片付けを終えた加賀さんが書斎から出てきて声を上げた。
「どうかしたんですか?」
「坊ちゃんのシャツ、脱ぎ捨ててあったから洗濯しようと思ったのに」
「あ、私がやりますから」
「申しわけございません」
加賀さんが困惑した表情で頭を下げた。
「大丈夫です」
「いけないわ。つい、うっかりするのよね」
額に手を当てて苦笑する加賀さんを見てなんだかほっとした。
加賀さんみたいな人でもうっかりすることがあるんだ。
書斎のドアが開いて、少し中の様子が見えた。
そういえば、私は一度も入ったことないんだけど、加賀さんは入ってもいいんだ……?
