Fortunate Link―ツキの守り手―



そうやって廊下に出てからほぼ駆け込むような勢いでやってきた先は。

やっぱり、トイレ。


扉を開けてすぐ横。

手洗い台の前に立ち、その台の上に両手をつく。

めちゃくちゃ気分が悪い。

その白い台を見ていたら、何だか急に吐き気をもよおしてきた。

胃液がせり上がってくる。

こんなに気分が悪くなったのはいつぶりだろうか。


だけど。

そんな最悪な気分のなか、この気持ちの悪さを無くする方法をすでに知っていた。


要するには何も考えなければいい。

思い出そうとしなければいい。

違和感の正体を探ろうとしなければいい。

最も簡単でラクな方法だ。

何も考えずに、ただあるがままにこの現実を受け入れて、普通に馴染んでしまえばいいんだ。


(…………いや)

心の中の自分が激しく首を振る。

「駄目だ」と強く叫ぶ。


俺は思い出さなきゃいけない。

何が何でも思い出さなきゃいけない。


分かっているんだ。

こんな日常に馴染めるわけがないってことを。

自分が耐えられないってことを。


こんな……。

大事な”何か”が無い、日常なんて。

その”何か”の欠落は全てに支障をきたしてしまうほどで。


ならば思い出す。

どれほど苦しくたって思い出してやる。

気づかないままでいるほうが、よっぽどに苦しい。



ほぼ寄りかかるように両腕に体重をかけたら、台がミシッと軋んだ。

「……うっ」

頭の内側からガンガンと槌で叩かれているように痛んだ。

もう我慢できない。


そうだ。

いっそ吐いてしまおう。

吐いて吐いて吐いてしまおう。


この、喉の、胸のつかえさえ取れてしまえば…。

きっと………。



ぎしり、と手元でまた大きく軋んだ音がした。