「これが最後の、未練かあ」
幽霊さんが、ぽつりと呟いた。私は幽霊さんの整った横顔を見つめてから、そうだね、と頷く。
私達は、幽霊さんと出会った公園にきていた。今日も相変わらず、空が綺麗だった。
もうこれで、幽霊さんとはさよならなんだ、と実感して、私は「幽霊さん」と彼に声をかけた。
「どうしたの?」
「幽霊さんの、名前……教えて」
「名前……はは、いいよ」
少しの沈黙。
そして幽霊さんが、私の瞳をじっと見つめ、口を開いた。
「俺の、名前は――」
私は目を瞠る。
その、瞬間だった。
幽霊さんの体が、白い光に包まれ始めた。
「幽霊さ、」
「もう、終わりか」
幽霊さんがあらら、と自分の体を見る。
「さようなら、葉凪。――元気で」
「ゆうれ、」
光が一段と明るくなり、私は目を瞑った。
そして光が止み、私が目を開けたときには、幽霊さんはいなかった。
私は、彼の言葉を思い出した。
『俺の、名前は――磨凪。葉凪の、兄ちゃんだよ』
涙がこぼれた。
「ぅ……っ、」
お兄ちゃん、お兄ちゃん。
なんでまた、いっちゃったの。ずっと一緒に、いてほしかったのに。
お兄ちゃん、イケメンになっててびっくりしたよ。なんで最初に、『俺は葉凪の兄ちゃんだよ』って、教えてくれなかったの? 容姿が変わったから、わからなかった。教えてくれれば、この成仏するまでの限られた時間を、大事にしたのに。
お兄ちゃん。
なんで教えてくれなかったの、ばか。
なんでまたきてくれたの、ばか。
なんで、なんで、なんで……。
お兄ちゃんの、ばか。
でも、ありがとう。本当に、ありがとう。戻ってきてくれたお兄ちゃんとの時間を大事にできなくて、ごめん。
大好き――。
冬休み最終日。
美容院に向かった。
「えっと、髪の毛を肩まで切って、前髪は眉毛の下あたりで……」
私は胸辺りまで伸びた髪と、前髪にかかっている重い前髪を切ることにした。
切り終わり、私は美容室を出て次は服屋に向かった。
数少ない私服を買いに来た。私が今持っている私服は黒ばかりだったから、明るい服が欲しい。
「服を買いに来たんですけど、あの、ファッションとかわからなくて……」
店員さんに手伝ってもらった服を買って、その他にも欲しいものがあったので買ってから家に帰った。
髪を切ったので早めのお風呂に入り、白の長そで、灰色の丈の緩いズボンに黒いカーディガンを着る。
そして検索エンジンに「ナチュラルメイク やり方」と打ち込んだ。
私は調べながら、メイクを始める。
一時間ほどして、ぎこちないメイクの完成だ。初めてでけっこう時間がかかってしまったな、と時計を見ながら思った。
練習すれば、上手くなるのだろうか。
そう思いながら、私はメイクを落とした。
私は俯かないよう、猫背にならないよう、気をつけながら高校へ向かう。途中で、いつもの癖で公園のベンチを見てしまったが、慌てて目を逸らした。
教室に入るとき、俯きそうになった。けれど私は、お兄ちゃんの言葉を思い出し、前を向いた。
入ったとき、私を見た人はいなかった。誰かが見ているんじゃないか、とずっと思っていたのは、ただ被害妄想だった。私が周りを見ていなかったせいで、変な勘違いをしていたんだな、と反省した。
そして教室に入り、本を読むふりをして教室を見渡す。
「……あ」
小さな声が漏れた。
ある席に、一人で本を読んでいる女子がいる。私はどくどく、と早くなる鼓動を抑え、席を立った。
そして彼女に近づく。彼女は本から視線を外し、不思議そうに私を見た。
「あの……えっと」
私は勇気を振り絞り、口を開いた。
「な、何の本、読んでるの?」
〖了〗