「そこまでだ! 我が娘に手をかけようとする悪女よ!」
崖から少しだけ離れた場所に、大勢の騎士を引き連れたメーロ侯爵が現れたのだった。
ルヴィニ夫人が歓喜の声をあげる。
彼女のくすんだ金色の髪が、幾分か精彩を取り戻して見えた。
「お父様、来てくださったのね!」
彼女は嬉々として侯爵に話しかける。
――メロー侯爵は、娘の元へと歩んでいく。
「お父様の言う通り、悪女ですわ! わたくしの夫であるアイゼン様を、この女がたぶらかしているのです! まぎれもない姦淫罪です! さあ、騎士達、はやくこの女を捕まえてちょうだい!」
叫ぶルヴィニ夫人の元へ、侯爵が近づく。
だが――。
「な……お父様……?」
――侯爵は、ルヴィニの横を通り過ぎた。
「ど、どうして……」
夫人の唇がわなわなと震える。
そうして、メロー侯爵はへたりこんでいたルビーの元へと近づいていった。
彼は目をすがめ、ふさふさとした髭をまごつかせながら口を開く。
「ずっと、気づけずにすまなかった――」
侯爵は、ルビーの身体を抱きよせる。
「我が娘、ルヴィニよ――」
「え――?」
ルヴィニと呼ばれたルビーは、侯爵の腕の中でひとしきり困惑する。
彼女を力強く抱きしめながら、メロー侯爵は声を張り上げた――。
「騎士達よ! 我が娘の名を騙るその女をはやく捕まえよ!」
ルヴィニ夫人に向かって、侯爵が指を差す。
「な、な――! わたくしになんの罪があるというの――?」
夫人に向かってメーロ侯爵は続ける。
「ずっとおかしいとは思っていた……幼少期に賊に襲われ、顔に傷を負ったと言って、長い間包帯を巻いてお前は過ごしていたな……包帯が取れた時に、お前の顔を顔つきを見て違和感はあったんだ――」
メーロ侯爵は続けた。
「行動なんかもちぐはぐで、乱暴で口調も金遣いも荒く、使用人を罵倒する……事故で性格まで変わってしまったのかと残念に思っていた。だけど、愛する妻の忘れ形見だと思って、目を瞑っていたんだ……しかし、城でルビーと名乗る、妻によく似た彼女を見て、疑念は確信に変わったのだ――そうして、アイゼン様に手紙で相談させていただいた」
名を出されたアイゼンは、月明かりの下、ゆっくりと頷いた。
「幼少期に賊に襲われたって、ルビーも話してたから、私もピンと来たんだよ――確証はなかったけれどね――」
勝手に進んでいく話に、わたしの頭はついていかない。
アイゼン様は悠然と続ける。
「幼少期、君が賊に襲われた際に居合わした使用人の一人を捜索したんだ。見つかったその使用人が教えてくれたよ。外科医もグルになって、ルヴィニ夫人の本当の両親――ルビーの育てに当たる人物だけれど――彼らが、ルビーとルヴィニを入れ替えていたことを――」