復讐は蜜の味 ~悪女と言われた公爵令嬢が、幸せを掴むまで~

 彼女は両手をエプロンの前に合わせ、申し訳なさそうに、もじもじと指を合わせてうつむいた。

「そうか。――この地にはお前のように記憶を無くした者も多くいる。あまり深刻に考えなくていい」

 ホッとしたように頬を緩めた彼女はぺこりと頭を下げ、今度はリンゴを手に取って剥き始めた。

 アレクサンドにも経験がある。

 十八歳のときだ。魔獣との戦いで深手を負い一週間ほど意識を失った。

 目覚めたとき、自分がなぜ寝込んでいるのかわからなかった。魔獣と戦った日、丸一日の記憶が飛んでしまったのである。いまだにその日の記憶は戻らない。

 戦争に魔獣。危険と隣り合わせのこの地では、そういう経験のある者は少なくないのである。

 だが、ルルのようにまるきり自分の過去を忘れてしまったものは珍しい。



 今から半年ほど前の春先。

 ルルは魔獣の森の洞窟で倒れているのを、魔獣狩りに向かったカンタンの部下に発見された。