廊下を進むうちふと、声をかけられた。

 アレクサンド大公閣下が、ルイーズのハンカチを手にしている。

 ぼんやり歩くうちに落としてしまったようだ。

「ありがとうございます」

 受け取ったハンカチは湿っている。

 涙を拭いたせいで濡れていると、彼は気づいたかもしれず、恥ずかしさにうつむいた。

 ルイーズが泣けるのはベッドの上と暗い庭園の散歩中だけだ。侍女に見つかれば心配されてしまうから、お風呂でも泣けない。

「綺麗な刺繍だ。君が?」

 ハッとして顔を上げると彼は、微笑んでいる。

「はい。母に教えてもらいながら」

「そうか……」

 大公は「マリィの回復をずっと祈っているよ」と言い残し、廊下を進んでいった。

 後ろ姿にあらためて礼を言い、そのまま彼の背中を見送った。

 いつか、彼のために刺繍をしたいと思った。

 そんな日がくるならば。