ミラクル・オンリー・ワン


 その夜。
 私はパジャマ姿のまま、机に向かっていた。
 放課後もダンス有志のみんなと練習して、色々アイデアを出し合って、ちょっとずつ形になってきた。けど、最後に全員で踊るところが、まだしっくりこない感じ。
「……花凜、まだ寝ないの?」
 背後の二段ベッドの上から茉凛が声をかけてきた。
 ふと机に置かれた時計を見ると、もうすぐ十二時だ。
「え? やだ、もうこんな時間? ごめん、電気消すね」
 部屋の電気を消すと、私は再び机に向かった。
「ねえ、花凜。寝なくて大丈夫っ? 最近、朝も早いし放課後も遅いけど……」
「大丈夫、もう寝るから」
「…………」
 返事がなくなり、私はまた机に向かった。
 ソロは、どんな振りつけいいかな。誰に踊ってもらうのがいいかな。
 女子はきっと、桜井さん。男子は……三木、かなあ。
 ……振り付けを考えるのって、わくわくするけど難しいな。
 スマホでダンスの動画を検索すると、ダンスのハウツー動画がたくさん見つかる。
 ミュージカル映画のダンスシーンもたくさん見つかって、見ていると結構ハマっちゃう。ストーリーも面白そう。
 なんだか、ダンスのことを考えていたら、いっきに世界が広がった感じ!
 すると、トークアプリの通知がきた。
 あ、三木だ。三木もまだ起きてるんだな……。
 妙にそわそわして、ダンス有志グループチャットの画面を開く。
『市民センターのサイトみっけた。体育室は午後いっぱい借りると五千二百円だってよ』
 公式サイトのリンクも送られてきた。
『いいかも! みんなで割り勘なら四百円もしないよね』
 と送り返すと、すぐに既読マークが一件ついた。
 文化祭直前の週末には、どこか校外の場所を借りて練習したいねってダンス有志のみんなと話していた。衣装も着て本番どおりに練習する、最終調整。
 それまでには振りつけも全部、完璧にしなきゃ!
 不思議と眠くはなくて、身体も頭も疲れていない。もっともっと、ダンスのアイデアを考えておきたくて、結局その日も夜更かししちゃった。



「男子のソロは、やっぱ三木君かな」
 翌日の放課後。体育準備室の練習前。
 振り付けの相談をしていると、桜井さんは言った。
「桜井さんから見てもそう?」
「うん。三木君ね、ダンス経験ないけど、すごくうまいよ。成長が早いって言うのかな」
「ん……やっぱ、そうか」
 もう有志ダンスの練習を始めて二週間。
 私と桜井さんで、みんなにステップやアイソレーションを教えて、曲に合わせて一緒に反復練習。 毎日それを繰り返していくうちに、上手な子、動きがちょっと硬い子、わかるようになってきた。
 悔しいけど、ダンス経験がないはずの三木はすごくうまい。
 やって見せたら覚えるの早いし。あの才能はちょっと嫉妬しちゃうくらいだな……。
「あのね、藤崎さん。女子の方のソロ、やらない?」
「えっ?」
 桜井さんは、じっとこっちを見ている。
「わ……私はいいよ。女子のソロはやっぱ、桜井さんでしょ。一番ダンスうまいんだし」
「私は藤崎さんも、すごく上手だと思うけどな」
 桜井さんは、お世辞なんて言わない。
 仲良くなってまだ少しだけど、それはなんとなくわかる。
「ありがと。でも、私はやっぱいいや。桜井さんがやってよ」
「そう? でも……」
 桜井さんはけげんそうに首をかしげたけど。
「本当にいいの。私、やりたくないの!」
 そんなつもりなかったのに、ちょっと語気が強くなってハッとした。
 桜井さんはきょとんとしている。
 ど、どうしよう。なんて言おう……。
 ラッキーなことに、体育準備室のドアが開いて、三木が入ってきた。
 練習着姿で、スクールバッグも片手で肩の後ろに担いでいる。
「おう、センセーふたり。打ち合わせ? 感心、感心」
「ま、まあね」
 能天気な三木のおかげで、場が和む。
 ほんと絶妙なタイミングで助かった……。
 桜井さんも笑ってて、私はホッとしたくらい。
 しばらくして、他のダンス有志の子たちも集まってきて、室内はにぎやかになる。
 みんなの輪を離れて、私はふうっと息をつく。
 ……なんだろう、この感じ……。
 またダンスをやって、振りつけを考えたりして、すごく楽しいのに。
 自分が目立つポジションをやりたいっていう気持ちには、どうしてもなれない。
 いや、これでいいんだ。久しぶりにこんなに楽しいんだから、それでいい。
 これが茉凛なら、喜んでソロを踊るのかな。
 なんでこんなことばっか、考えちゃうんだろ……。
 戸惑っていた私は、三木がこっちを見ていることに気づいていなかった。