四人でファミレスを出たころには、空は暗くなっていた。
「花凜ちゃん、バスだろ? そこまで見送――あっとと!」
「こら、おまえはこっち。じゃ、またね。花凜ちゃん。唯吾、おれたち先戻ってるから」
気を遣ってくれたのか、恵吾君が透吾君のベンチコートのフードをつかんで引っ張っていく。じたばたしながらこちらに手を振ってくれる透吾君に、私も手を振り返した。
「あの……三木」
ここへ来た本来の目的を思い出して、私は持ってきていた紙袋を三木に差し出した。
「これ、返しそびれてたやつ。ちゃんと洗濯したからねっ」
「へ? なに? ……ああ」
けげんそうに袋を受け取って中身を確かめた三木は、納得したみたい。
「俺も、返せって言いそびれてたんだよな。その……言うと、いやなこと思い出させんじゃねえかってさ……」
不器用そうに言った三木は、あの日を思い出しているのかな……。
「茉凛と……仲直りしたよ。どうしても三木にはすぐ伝えたくて」
「……そっか。よかったな」
私と三木は、例のハンバーガーショップのベンチにまた並んで腰を下ろした。
「いや、昨日は俺も言いすぎたなって思って……おまえにメッセージしようかどうしようか、ずっと迷ってたら――くっそ、ケイのやつ。あとでとっちめてやる」
「ほ、ほどほどにしてあげてね」
怖い顔をしてみせたけど、次の瞬間、三木は笑っていた。
恵吾君のことを怒ってないって、かんたんに伝わってくる。
「三木が私と茉凛に鋭かったの、今日で謎が解けたよ」
「まあ……な。俺も三つ子のうち、俺ひとりだけ顔が似てねえ。それで小学校のころはいじめられたりしたけどさ」
「……うん」
「一卵性とか二卵性とか、そんなの小さかった頃の俺らにはわかりっこねえもん。なんで三つ子なのにあいつだけ違う顔してんの、なんてからかわれたってさ。俺らにだって説明できなかったんだから」
そこで三木はベンチの上で膝を抱え、ふうっと息をついた。
「五年生のとき、ちょっと面倒なやつがクラスにいてさ。俺、一か月くらい学校に行けない時期があったんだ……」
「え……、不登校だったってこと?」
三木はうなずく。今じゃ学年でもムードメーカーの三木が不登校だったなんて、ちょっと信じられないよ……。
「トウのさ、ここに小っさい傷があったの、気づいたか?」
「え?」
三木は自分のおでこ、左のこめかみあたりを指で示す。
透吾君のおでこに傷? あったかな?
なんて思い返していると、特に答えは気にしていないのか、三木は続けた。
「あの傷はな、トウが俺を庇った名誉の勲章ってやつ」
ひっそりと笑った三木の目は、私の知らないどこかを見ていた。
「一緒に立ち向かってくれたのはやっぱ、ケイとトウだった。唯吾は血のつながった家族だぞ! からかうやつはぶっ飛ばしてやる! って」
「そうなんだ……」
「そりゃ俺たちもしょっちゅうケンカくらいはするけどさ。一緒にいる時間も長いし、あいつら兄弟で、一番の理解者だし」
……理解者、か。そうだよね。
やっぱり、私のことを一番わかってるの、茉凛だった。
「小学校卒業した春休み、うちはあのマンションに引っ越してきたんだ。それでこの学区には小学校で一緒だったやつはいないし、ケイとトウも違う学校だし、俺が三つ子だって知ってるやつがいなかったから」
「そっか……」
「それでつい、学校では三つ子だって言わないようにしてた。家に帰れば三つ子だけど、学校じゃみんな知らねえ。でもてっきり、藤崎には話した気でいたんだけど……」
「ついさっき、初めて聞いたわよ」
私がそう言うと、ハハハと三木は笑った。
こんなときに、私は茉凛の屈託のない笑顔を思い出した。
「私ね……三木に言われて気づいたよ。私と同じくらい茉凛も苦しんでて、茉凛のことわかったつもりで、わかってなかったんだなあって」
私にとっても、茉凛はいつもそばにいる心強い味方だった。それなのに私は自分のことばかりにとらわれて、肝心なことを見失ってしまっていたんだ……。
「三木……」
「うん?」
「三木は三木だよね。透吾君は透吾君、恵吾君は恵吾君だし。さっき三人見て、全然ちがうなって思ったもん。はたから見れば、こんなにかんたんなのに」
やっとわかった気がする。
私は私で、茉凛は茉凛。
比べていたのは周りじゃない。いつも私自身だったんだ。
私がいつまでも、茉凛と自分を比べては、自分を嫌っていただけなんだ。
「あと、き、昨日三木が言ってたこと……なんだけど」
「昨日? 色々言っちまったけど、どれ?」
こくり、と私は喉を鳴らした。
「俺が好きなのは、妹じゃなくて、とかなんとか……」
「…………」
「…………」
十秒くらいの、沈黙。いたたまれなくて、ちらっと隣の三木を見たら。
抱えた膝に突っぷすように、顔を伏せていた。辺りは暗いのに、三木の耳が真っ赤になっているのは、見間違いじゃなさそう……。
「――あー……あれはなんつーか……その、思わず言った、っつーか……」
「……思わず、って。じゃ、あれ嘘なの?」
「ば、ばか! 嘘じゃねーよ!」
がばっと身を起こして否定した三木は、その瞬間ますます赤くなった。
(唯ちゃんのばかはアイラブユーじゃん!)
そんな、三木の兄弟の言葉がよみがえる。
「うん……ありがと」
――私を好きになってくれて。
「私も……三木のことが好きだよ」
私を変えてくれた。私を好きになってくれた。
そんな三木と出会ったのは、なによりのミラクルだよ。
