ミラクル・オンリー・ワン


 翌日の土曜。
 私はちょうどお昼頃に着くバスで、バスターミナルに降り立った。
『今日、市民センターの駅で会える?』
 午前中にそう三木にメッセージを送ったけど、未読のままだ。
 ちょっとだけでも会いたいんだけどな……やっぱいきなりじゃ、無理かな。
 駅の向こうに、三木が住んでいるマンションが見える。
 週末のこの時間帯、駅周辺もバスロータリーも、親子連れが多く人が行き交っていた。
 ふと、いつかのハンバーガーショップの前にあるベンチに目が留まり、そっと歩み寄って腰を下ろす。デニムにハーフコートを着ていても、ベンチがひやっと感じる。
 ここで三木に話を聞いてもらったのは、一カ月半くらい前。なんだか大昔みたい。
 スマホを見ても、まだメッセージは既読になっていない。
 昨日のこと怒ってるのかな……。
 今日は第三土曜だから、三木は午前いっぱい部活のはず。時間的に、そろそろ部活を終えて三木は 家に帰っている頃だと思うけど。
 もう一度メッセージを送ろうかな。いや、電話してみようか。
 スマホを手にそわそわしていた私は、ロータリーに着いたバスから降りてきた人影がこちらを見て、ためらいがちに近づいてくることに気づかなかった。
「あれ……もしかして、花凜ちゃん? 花凜ちゃんだよね?」
「えっ」
 男の子の声に、私はスマホから顔を上げた。
 見慣れない学校名と野球部のロゴが入ったジャージにベンチコート姿。エナメルのスポーツバッグを提げている。人懐っこそうな大きな目がいっそう見開かれた。
「やっぱり! わー、どうしたのさ、こんなとこで!」
「えっと……」
 誰だっけ、どっかで会ったような……と顔に出ちゃっていたみたい。
「あれ、覚えてない? 文化祭見に行ったんだよ! 唯ちゃんとダンスに出てたよね? あのダンス超~かっこよかったよ!」
「……あ!」
 その坊主頭に唯ちゃんという呼び方で、記憶のピースが当てはまった。
 あの日、三木と一緒にいた双子っぽい男の子のうちの、ひとり。
「思い出してくれた?」
「うん。ダンス、見てくれたんだ。ありがと」
「まーねー! それよりどうしたの? 唯ちゃんと待ち合わせ?」
「え、えーっと……」
 どうしよう。まさか知ってる人に見られるなんて、完全な想定外……。
 なんて言おう……。あたふたと迷っていると。
透吾(とうご)ーっ」
 その声に男の子が振り返った。つられて私もそっちを見て……
 あ! 三木?
 思わず腰を上げる。デニムにマウンテンパーカー姿の三木が、マンションのほうからこっちに歩いてくる。隣には紺色のコートで、坊主頭の子とよく似た眼鏡の男の子もいる。
「あ、れ……藤崎? なんでおまえがトウと一緒にいんだ?」
 わけがわからないと言った様子の三木。
 私も混乱してるんだけど……!
「え、っと……あの、さっき三木にメッセージ送ったんだけど、既読にならなくて」
「……ああー。ケイのせいだ……」
 うなって空を仰ぐと、三木は片手で自分のおでこを覆った。
「ケイ! おまえが人のスマホ、コンテナに入れてロックすっからだろ!」
 そんな三木の言葉をスルーして、ケイと呼ばれた眼鏡の子は私を見て思い当ったようだった。
「ああ。ウワサの花凜ちゃんだね」
 ……え? ウワサ? どういう意味?
 わけがわからない私の隣で、坊主頭の子は得意げに笑った。
「そーだよ、花凜ちゃんだよ。髪下ろしてても、俺すぐわかったもんね」
「透吾、がっついてたもんね」
「そ、そんなんじゃねえよーっ」
 赤くなって慌てる坊主頭の子をよそに、眼鏡の子は笑った。
「ごめん。唯吾のスマホ、おれが昨夜、コンテナに入れてタイムロックしちゃったんだ」
 ほんの一時間のつもりが、操作を誤って二十四時間セットしてしまい、今日の夜まで開かなくなったという。
「唯吾があんまりにも花凜ちゃんにメッセージしようかぐずぐずしてたからさ、ちょっとイジワルしてやろうと思って」
「ば、ばか、ケイ!」
「スマホ使えなくなると焦るでしょ? ショック療法のつもりだったんだけど――」
「やーめーろっ!」
 三木が赤くなって慌てる。
 坊主頭の子も、おかしそうに笑った。
「唯ちゃんのばかはアイラブユーじゃん!」
「うっわ。おれ唯吾に愛されてるねー」
 そんなやりとりに、話が読めない私は情報を整理しようとした。
 三人は一緒に住んでる――つまり三木の兄弟ってこと?
 三木はとうとう観念したように切り出した。
「俺たちいつものファミレス行くとこだけど、藤崎も来るか?」
「へっ?」
「あ、さんせーっ。ここにいてもさっみーし!」
 そんな意外な展開で、私は三木たちと一緒に駅前のファミレスに向かうことになった。
「透吾、着替えてこなくていいの?」
「いーって、いーって! 着替えるよりなんか食べたい。もー部活で超腹減ったぁ」
「……今朝おにぎり作ってやったの、持ってったでしょ」
「部活のあとのおにぎりはご飯じゃねーの! お・や・つー!」
 先に行くふたりのそんなやりとりが耳に入る。
 ファミレス入口の階段を上がりながら、私は三木に尋ねた。
「あの、ふたりは何年生なの? うちの学校じゃないよね?」
「え、同い年だよ」
 三木が答えるより先に、眼鏡の子が振り返って言った。
「ああ、おれは恵吾(けいご)。おれとそっくりで坊主頭なのが透吾。で、あんま似てなくて背がでっかいのが唯吾。って、これは知ってたか」
「同い年……?」
 ちょっと待って。聞き間違いじゃないよね。どういうこと?
 だって、同い年の兄弟って、それって……それって……。
 ファミレスの自動ドアを入り、眼鏡のほう――恵吾君が首をかしげた。
「ん? ……唯吾。もしかして、まぁだ話してなかったの?」
「えー? っと……まあ、話したような、話してないような……」
 三木がなにやらぼそぼそと口ごもる。
 こんなに歯切れが悪い三木なんて、初めて見るんだけど……。
 私が困惑していると、坊主頭のほう――透吾君が察して説明した。
「俺たち、三つ子なんだよ」
「俺たち? って?」
「だから、俺たち三人が」
 その言葉を理解するのに、私はたっぷり五秒間を費やしてしまった。
「み…………三つ子!?」
「二卵性のだけどね」
 くすりと笑って、恵吾君はつけ加えた。