双子はよく鏡に例えられる。
 鏡に映したみたいにそっくりね。
 鏡に映したみたいに正反対だね。
 もしくは「そっくりなのに、中身は正反対だよね」とか。
 父さんや母さんを含め、今日に至るまでに誰に何度そう言われたかな。
 いつの間にかそう言われることにも慣れちゃった。
 そう言われることが当たり前みたいになって、なんだか自分でも周りにそう言われるようにふるまってる……ような気もしてくる。
 ちょっとだけネットで調べてみたけど、双子が生まれる確率は一パーセント。百人に一回くらいの割合らしい。その一パーセントが、私と茉凛に起きたミラクルってこと。
「花凜ー、英語の英語の穴埋め、うつさせて! 私、今日あたるの」
 茉凛はこんなこともしょっちゅうだった。
「もう。またなの?」
「ごめん、次からちゃんとやってくるから! おねがいっ」
 しおらしくしてみせていた茉凛も、呆れながら私が英語の教科書を出して渡すと、ぱっと笑顔になる。
「やったっ!」
「次は気をつけなよ」
「うん!」
 反省しているようにも見えないけど。
 慌てて答えを書き写し茉凛が教室を出ていくと、星那(せな)が声をかけてきた。
「またなのか? 妹ちゃん」
 倉田(くらた)星那。
 入学してすぐのオリエンテーションで同じ班になって以来、クラスで一番の仲良し。
 あまり自分からしゃべらない私にとって、学校内で一番言葉を交わす親友。
「花凜、相っ変わらず面倒見良すぎじゃね? 自分でやれよーぐらい、言ってやりゃいいじゃん」
「しょうがないのよ。あの子はいつもああだし。言ってもなおらないんだもん」
 やれやれ、と星那はかぶりを振った。
 ショートヘアに襟足の長いウルフカット。かっこいい名前、ハスキーな声に男みたいなしゃべり方。
 ウワサだと、下級生の女子にファンが多いらしい。
「いつもそれじゃ、花凜のほうがしんどいだろ」
 そう気遣ってくれる星那は、私が茉凛に抱いているモヤモヤした気持ちを話せた、学校で唯一の存在。
 察したのか、星那は話題を変えた。
「それよりニュース。文化祭でさ。今年こそ後夜祭でファイヤーストームやらせてもらえるかも」
「え、そうなの?『防災上禁止』って毎年許可が下りないって話だったよね?」
「あたしたちが教頭にかけ合ったからさ! ただ十五分だけって制約つきだけど」
 星那は自分から文化祭の実行委員に立候補したんだよね。
 バレーボール部の部活も大変なのに、本当に尊敬しちゃうよ。
 星那にうながされ、教室の窓から並んで校庭を見下ろす。
 もう十月。風も涼しくて、制服のブレザーでちょうどいい気持ちよさ。ふわんと金木犀の香りがする。
「父母会のバザーテントが結構出るから、ファイヤーストームはあの辺に作るって話。火の粉が飛ぶと危ないからって」
 そんな星那の説明をうなずきながら聞いていると、下のほうでリズムのある音楽が聴こえ始めた。
 あ。あれは三木と、ダンス有志のメンバーかな? 
 男女何人か、制服のままでダンスの練習をしているみたい。
 でも練習って呼ぶには、まだちょっと早いような雰囲気?
 どうやらステップを知らない子に、ダンスを知ってる子が教えているような段階。
 あはは、と笑う声がここまで聞こえる。
 ふうん、なんだか楽しそう……。
 なんて見ていたら、ふっと三木が顔を上げてこっちを見た。
 や、やばっ。反射的に私は窓から離れた。
「花凜? どーかしたか?」
 星那が不思議そうに首をかしげる。
「な、なんでもない」
 って、変なの……! なんで私、こそこそしてるの?


 もやもやした心地は五時間目の授業中に少しだけ忘れた。
 だって給食の後の五時間目って、まさに拷問だよ。眠くて、眠くて……。
 どうにか目を開けてこらえたけど、数学の授業が終わったとたん、私は席に突っ伏して目を閉じた。
 わずか十分の休み時間でも眠りたい! ……と思っていたのに。
「なあなあー、こっちの藤崎いる? あいつ席どこ? あ、これ? 寝てんのがそう?」
 そんな声がどんどんこっちに近づいてくるんだけど……!
「おい、藤崎!」
「…………」
「ふーじーさーきーっ」
「…………っ」
 寝たふり、寝たふりっ。
 寝たふりすれば、そのうち諦めていなくる、きっと……たぶん。
「花凜ーっ!」
 え、今度は茉凛の声?
「ごめーん、歴史の教科書貸してー……って、あれ? なんで三木君がいるの?」
「あ、藤崎妹。おまえの姉貴ってネボスケだなあ。この距離で叫んでんのに。耳遠いんじゃね?」
「……もう、聞こえてるわよ!」
 我慢できなくなって、結局私はがばっと身を起こした。
「うっわ、なんだよ。起きてんじゃん」
「なんなの? さっきから――」
「なあ、ダンスやんね?」
 私がしゃべろうとするのもお構いなしに、三木が言った。
「……は? なに?」
「文化祭の有志。この前、メン募の貼り紙見てたろ?」
「あ、それ私も見たっ」
 茉凛が三木の隣でうなずく。まただ、なんだろう……いやな気分になる。
 私は首を横に振った。
「私、パス。やらない」
「えーっ、なんでだよ。経験者の戦力、ぜってー欲しい」
 三木はわかりやすく憤慨する。
「経験者だなんて勝手に決めつけられても困るわよ」
「え。おれ聞いたもん。おまえら小学校のころ、ダンス教室通ってたって」
「……え」
 ……おまえら?
 ってことは、もしかしてしゃべったのは。
 茉凛のほうに目をやると、茉凛は屈託なく、えへへっと笑った。
「…………」
 茉凛のおしゃべり! つい、茉凛をにらんでしまった。
 そういえば、茉凛と三木は同じ二組だ。クラスが一緒なら、それなりに言葉を交わすことがあったって不思議じゃないことくらい、わかるけど……。
 気を取り直して、私は言った。
「通ってたのは小学生のときの話。もう辞めたんだから」
「経験者には変わりねえだろ。メンバー、ぼちぼち集まってはいるんだけど、ダンスやったことないやつらも多いんだ。俺も習ったことはねえし。経験者いれば百人力じゃん」
 ダンスが嫌いなんじゃない。でも、踊りたくない。
 踊ればまた、いやなこと思い出しちゃうに決まってる。
「三木君、ダンスって何人くらい集まってるの?」
 茉凛は興味津々みたい。
「まだ俺入れて十人ちょっと。どんな曲でどんな振り付けにするかとか、これからメンバーで決めてくんだ。ステージ全部、俺たちで作ってくんだぜ」
「へえ、面白そうっ!」
 好奇心をむき出しにして、茉凛はせがんできた。
「ねえ、花凜。やろうよっ。ダンス面白そう。私また、花凜とダンスやりたいっ!」
「…………」
 とたんに、胃の中に氷が落ちてきたような感触がした。
 急にわずらわしくなって、私はつい語気を強める。
「やらないって言ってるでしょ! 出たいなら、茉凛やればいいじゃない」
「…………」
 そっけなく言い放つと、茉凛は口をつぐみ、思い直したようにあいまいに笑った。
「そ、そっか……。花凜がやんないなら、私もやめとこっかな……」
 気まずさを感じる間もなく、チャイムが鳴った。
 黙って私が歴史の教科書を渡してやると、他の生徒の波にまぎれて、茉凛も慌てて教室を出ていく。
 黙っていた三木はちらっと私を見てから、なにも言わず教室を出ていった。