ミラクル・オンリー・ワン


 生まれる前から、母さんのお腹の中にいる時から、私と茉凛は一緒だった。
 どんなに仲の良い友達よりも、茉凛と一緒に過ごす時間のほうが長かった。
 いつもそばにいて、茉凛のことなら、なんでもわかってると思っていた。
 ……思っていたのに。
(……いつ、も、私……おい、てっちゃう……のに……――)
 途切れ途切れだけど、茉凛はそう言っていた。
 言っていたのに、私はちゃんと聞いてなかったんだ……。
(いつだって悪気なんてないんだよね。そのうえ想像力もゼロ)
 茉凛にぶつけちゃったあの言葉。想像力がないのは私のほうだよ……。
 自分のいやな感情をずっと茉凛には押し隠していた。
 いつも、我慢してるのは私だって思っていた。
 けど、茉凛も私には言えない感情を隠して、ずっと我慢してた。
 それがどれほどつらいか、私が一番よくわかっているはずなのに。
 あんなに毎日いつも一緒にいたのに。どうして気づかなかったの?
 ……私のばか!
 文化祭のダンスのステージだって、茉凛はクラス展示が忙しいのにわざわざ抜け出して、見にきてくれたんだ。それなのに……。
(リーダーのあんたが抜けちゃ、他の子も大変なんだから。早く戻りなよ)
 ……私はありがとうも言ってなかった。
(生まれてくるのは私だけでよかったのに!)
 ……あんなひどい言葉までぶつけちゃったんだ。
 とぼとぼと歩く帰り道が、ひどく長く感じた。
 早く帰ろう。帰って、茉凛に謝らなきゃ……昨日のこと、今までのこと、全部。
 そうだ。茉凛が好きなケーキ、買って帰ろう。
 通学路から一本先の大通りのパティスリーへ向かう。そこのチョコレートケーキが茉凛のお気に入りだから。
 お店の前に着くと、少し先の交差点近くの車道に、救急車が止まっているのが見えた。
 救急車の赤色灯は点いたまま、その周囲に小さく人だかりができている。
 なんだろ……事故かな。
 そう思ってお店に入り、チョコレートケーキをふたつ買った。
 おこづかいで買うにはちょっと高かったけど。茉凛は喜んでくれるかな……許してくれるかな……。
 ケーキの箱を手にお店を出ようとすると、中年の女性がふたり入ってきた。
「怖いわねえ、交通事故」
「はねられた女の子、大丈夫かしら。あの制服はこの辺の中学生よね」
「この近所の子よ。朝、二人で登校してるのをよく見かける子だわ」
 その言葉に、私は自動ドアが開いたのに、思わず足を止めた。
 妹なら先に帰ったぞ――そんな三木の言葉も、なぜか思い起こされて。
 女の子? 中学生? この近所の……子?
 二人で登校……って……?
 まさか……!
 サイレンが鳴り出して、私は弾かれたように顔を上げた。
 救急車が動き出したんだ……!
 慌てて外に出ると、救急車がもうその場を離れ始めていた。
「ま、待って……!」
 追いつけるはずもないのに、私は走り出した。交差点にパトカーと、ボンネットがひしゃげた乗用 車が止まっているのが見えて、ますます動悸がはね上がる。速度を上げた救急車は、交差点を右に曲がっていく。
「あ……!」
 足を取られ、地面が迫ってきたと思うと、私は無様にアスファルトに転んだ。
 スクールバッグも、買ったばかりのケーキの箱も、手から離れて道に投げ出される。
 どうにか歩道に手をついて体を起こしたけど、サイレンの音はもう、はるか彼方になってしまっていた。
 これは罰だ……。
(茉凛なんて、いなくなっちゃえばいいのよ!!)
 あんなひどい言葉で妹を傷つけた、罰だ……!


 ――――いやだよ!! いなくならないで!! 茉凛!!


「――花凜っ!」
 ……え?
 よく知っている声に、歩道に膝をついたまま、弾かれたように顔を上げる。
「ま、茉凛?」
 道を行きかう人の視線なんて、気にしてる場合じゃなかった。
 制服にコート姿のままの茉凛が、飛びつくようにして駆け寄ってきた。
 そばにしゃがんで、私の顔をのぞき込む。
「だ……大丈夫っ? あっ、血が出てるよ!」
 茉凛が慌ててあちこちのポケットを探り、タオルハンカチを取り出す。
 両膝を盛大に擦りむいて血が出ていたけど、私は痛みなんて感じていなかった。
「花凜……花凜っ?」
 まだ頭が働かず、放心している私の肩を掴んで、茉凛が揺さぶってくる。
「大丈夫なのっ? ねえ!」
「……う……うん。す、擦りむいた、だけ……みたい……」
「本当っ? 他は? どっか痛い?」
「……ううん……」
 私はまだぼうっとしたまま、首を横に振る。
「よ……かった」
 なにか言おうとした私の言葉は、茉凛の震えた声にかき消された。
「そ、そこの本屋さん寄ってたら……女の子が、は、はねられたって聞いて、私……っ、私……てっきり、花凜が……」
 私の両肩をつかんで痛いほど指を食いこませ、茉凛は言葉を失くした。
 え。同じ勘違いをして……駆けつけてきたの? 茉凛も?
 じわ、と視界がにじんだ。
 まぶたの奥からせり上がってきたものに、目が耐えきれなくなってくる……。
「……ふ……っ、うっ……」
 ぼろっ、と熱いものが頬をすべり落ちたのがわかった。
「ちょ、ちょっと、花凜?」
「……っく……ぅっ……ううっ……」
 私は茉凛の肩口に突っ伏して、あふれてくる涙に身を任せた。
 茉凛のダッフルコートがぐしょぐしょに濡れていく。
「どうしたのっ。ねえ、やっぱ、どっか痛いの?」
 茉凛にあんなにひどいことを言ってしまったのに。こんな状況で、茉凛はまだ私の心配をしている。
 泣きじゃくって、つっかえつっかえ、私は言葉をしぼり出した。
「ごめ……ごめん、ね……茉凛」
「え……」
「昨日……ひ、ひどいこと言っ……、ごめ、ん……」
「……うん……私も、ごめん……いやな思いさせて……」
 とうとうおさえ切れずに、私は子どもみたいに、わんわん声をあげて泣いた。
 泣いて、泣いて、泣いて……。
 頭のすぐ上で、茉凛が笑う気配がする。
「花凜っ。そんな泣かないでよ。ほら、みんな見てるよ」
 そんな茉凛も涙声だった。
 子どもをあやすみたいに、茉凛は私の背中をさすり続けてくれた。
 交差点の沿道で、首をかしげる通行人に見守られながら。
 私が泣き止むまで、ずっと。