あれ以来の三木は、いたっていつもどおりの三木だった。
文化祭が終わって、またいつもの時間に茉凛と一緒に登校すると。
「よっ、藤崎姉妹」
校庭のフェンスの向こうから、チャラそうに声をかけてくる。
あの後夜祭での出来事って夢だったのかな? なんて考えちゃうくらい。
なのに、あのときの教室でのことが頭の中でよみがえってくると……。
また、顔が火照る。もう、なんなの?
最近、こんなふうにひとりでドキドキしてばっかり。
「ねえ、花凜。最近ちょっと変だよー?」
もう十一月も終わる、ある日の夜。
電気を消してベッドに入ると、茉凛が上段のベッドからこちらをのぞき込んできた。
薄暗い中、茉凛の大きな目がいたずらっぽく光る。
「へ、変って?」
妙に声がうわずって、ますます慌てちゃう。
「なんか、ここんとこずーっと難しい顔して考え込んでるしっ。でも時々ひとりでキョドってるっていうかー」
「えー? 私、キョドってる?」
「ねえっ。もしかして、好きな男子でもいるの?」
「ばっ……! そんなの、いないったら!」
ショックっていうか、ちょっと心外って感じ。
よりによって、茉凛に言われるなんて。そんなに私ってわかりやすいの?
好きな男子。すぐさま脳裏に三木のことが浮かび、また内心で慌てちゃう。
上からのぞく茉凛は、くふくふと笑っている。
「そんなにむきになるって、超あやしーっ」
「だーかーら、ちがうって!」
「ふうん? そういえばさ、うちのクラスで、文化祭のダンス見て花凜のことカワイイ~って騒いでた男子いるのっ。紹介しよっかー?」
「……べつに、いいってば」
いつもなら普通に喜んだと思うけど。なんだかあんまりうれしくない……。
「文化祭も終わったし、次のイベントは期末でしょ。それが憂うつなだけ」
適当にごまかすと、ありがたいことに茉凛の意識は期末試験の方に向いてくれた。
「ちぇー。言わないでよ、期末のことなんてっ」
茉凛の顔が引っ込み、ベッドの上段がきしんだ。
「っていうか花凜、五教科の総合順位だってうちの学年で上のほうなのにー。それで不安だなんてイヤミだよっ」
声がくぐもったところからすると、茉凛は顔まで毛布をかぶったようだ。
ひとまず話題が逸れたことに、ほっとしたけど……。
気持ちを持て余したまま、十二月を迎えた。
すっかりと季節は冬。
街中はクリスマスを予感して浮き立つけど、期末試験の日がどんどん迫ってくる。
「あ! 花凜っ」
期末まで、あと少しという日。
体育の授業から星那と並んで教室へ戻ってくると、廊下には待ちかねていた様子の茉凛が飛びついてきた。持っていた英語の教科書を脇に挟んで、パン! と拝むように手を合わせて頭を下げる。
「花凜ーっ、うちのクラス、次は英語なの。お願いっ、七章の穴埋め、写させて!」
「……またなの?」
教室に入って席に戻りながら私は呆れた。
たしかに、うちの組は茉凛の組よりも二時間分は英語の授業の進みが早い。
こうやって答えを写させてほしいと茉凛が頼んできたのは、もう今週二度め。
「今日、私、絶対当たるのっ」
「当たるってわかってんなら、予習しときゃいんじゃね? 妹ちゃん」
さすがに星那も呆れたのか、見かねて口を挟んできた。
「たまたま忘れてただけなのっ」
「たまたまが多すぎだろ、妹ちゃん」
「もう、しょうがないわね」
「わあい! 花凜、さんきゅっ!」
英語の教科書を渡すと、茉凛はまた調子よく自分の教科書に答えを写し始めた。
そして期末試験開始の前日。
「花凜、社会ちょっとだけでいいから教えて。私、マジで社会ヤバいのっ」
茉凛はそうすがりついてきた。
同じ家に住んでいれば、茉凛は試験前にこうして甘えてくる
「もう……じゃあ、ちょっとだけね」
「わあい。私、ノートも全然取ってなくてさっ」
憎めない調子で茉凛は舌をぺろっと出す。
しょうがないと思いながら、私は試験の前夜、絶対にテストに出そうなところを重点的に見てやった。一夜漬けだけど、自分にとっても勉強のつもりで。
――けど、信じられないことが起きた。
