「もう……あんな、いやな思い、し、したくない……好きだった、はずのもの、き、きらいに……なりたく、ないよ……」
ひとりきり話して、私は鼻をすすった。
三木はずっと黙っている。否定も、肯定もしない。
何分か経って、私はやっと体を起こした。体が震えてるのは、寒さのせいだけじゃない。
「藤崎さ、妹のことキライか?」
「それは……」
はっきりとそれを聞いてきたの、三木が初めてだ。
「……ち、ちがう。嫌いになれたほうが、ら、ラクだよ。そうじゃないから、……っく。こんなに、つらい、のに……っく」
しゃっくりが治まらない。
三木は少し沈黙した後、かぶりを振る。
「妹は妹、おまえはおまえだろ。見た目がどんなに似てたって、おまえは妹じゃない。おれにはわかるし、たぶんみんなわかってる」
「…………」
「けど双子が珍しいから、みんな勝手にネタにしてるだけだろ。気にすんな……なんて言っても無理か?」
いつもチャラけてるくせに。
なんで三木は、こういうときに限って、こんな真剣な顔するの?
「藤崎はその……妹へのそーゆー気持ちって、誰かに話せたことあんの?」
「……星那には、話したこと……あるけど……、でも、あんまり言わ、ないように……してる……」
「なんで?」
「だ、だって、星那は、ひ、ひとりっ子、なんだし……。それに、こ、こんな、かっこ悪いこと、話したら……星那はきっと、あ、呆れるよ……」
昔のことにいつまでもとらわれている私。
みっともないってわかってる。
茉凛だって、なにも悪くないってわかってる。
こんなの、星那には知られたくない。星那には、嫌われたくないよ……。
「つーか、ひとりっ子だから、なんだよ。藤崎がなんでも話せる相手だっつーのが、大事なんじゃねえの? そんなことで、倉田は藤崎のこと呆れたりするようなヤツなのかよ」
「え……」
「俺にもハルがいるからよくわかるし――あ、一年のときからずっとサッカー部で一緒のヤツ。俺の親友なんだ。俺なら、親友になんでも話してもらえりゃ、すっげーうれしいけどなぁ」
鼻をすすりながら、星那のことが頭に浮かんだ。
いつも私の話を聞いてくれて、励ましてくれて、明るく元気づけてくれる友達。
「わ、私、ね……」
深呼吸して、やっと少し息が楽になった。
「ダンスの有志やって、あのときのダンス教室の先生の気持ち、少しだけ、わかった気がするの……。今日、高橋に、後列になってもらって」
「高橋?」
こっくりと、私はうなずく。
「ひとりじゃなくて、みんなでやるなら……みんなでうまくいく方法にしないといけないんだよね。ダンスの先生は、私に意地悪して、茉凛をセンターにしたわけじゃないって」
「…………」
「私が前列で踊れなかったのは、百パーセント……私の実力不足だったんだよ……がんばったつもりだったけど、まだ……足りてなかったんだよ。他の子も……茉凛も……みんながんばってたんだもん」
ダンス教室の先生。明るくて優しい、女の先生だった。
誰かひとりを前列センターに選ぶのは、先生もつらかったはずだよね。
だって、教室の子みんなが一生懸命練習していたのを、誰より知っていたんだから。
「実力不足……か」
ぽつりと、ひとりごとみたいにつぶやいたあと、三木はためらいがちに切り出した。
「もーひとつだけ、聞いていいか?」
「……前置きするなんて、三木らしくないわよ」
あれだけズバズバ聞いたくせに。
私が泣いてさすがに気まずくなったのか、三木はちょっと言いづらそう。
「勝手にダンス有志のメンバーに入れたの、まだ怒ってるか?」
ぐす、と赤くなった鼻をすすって、私はかぶりを振った。
「……ううん。怒ってないよ。最初からね」
強引で呆れたけど、うれしかった。
あのときはうれしいって気づいてなかっただけ。
「そっ」
ふ、と三木が笑った。
いつもの問題児じゃなくて、優しい笑いかたにドキッとする。
え。やだ、なんでドキッとするんだろ?
「おれ、おまえを誘ってよかった。練習に来てから、すげー楽しそうじゃん」
「うん……」
楽しいのは、三木がいるから。
桜井さんも、ほかのメンバーのみんなも。
「バス、来たぞ」
見ると、私が乗るバスが到着したところだった。
三木が腰を上げたので、私もそれにならって、そばのくずかごにカップを捨てる。
「じゃあ、また月曜な。俺、こっちだから」
「え? バスなんじゃないの?」
ちがう方向に歩き出そうとする三木に首をかしげると。
「俺んち、あそこ」
と駅の向こうに見える、大きなマンションを指す。
「じゃーな!」
スポーツバッグをさげ、三木はさっそうと雑踏の中をマンションのほう向かっていった。
三木はあのマンションに住んでるんだ。市民センターのすぐ近くだったんだな。
私はバスに乗り込んで、ふと気づいた。
じゃあ、なんで帰りはわざわざ私を追って、バス停についてきたの……?
も、もしかして、私と話すため?
胸の中でポップコーンみたいに、なにかが弾けた。
あ! どうしよう。
三木のスポーツタオル、そのまま持ってきちゃった……。
三木の汗と、私の涙が染み込んだタオルを、私は手の中でもてあそんだ。
