「なあ、藤崎」
 いつになく大人しい口調で、三木がぽつりと切り出す。
「同じ学校に双子の妹がいるのってさ、やっぱ、つらい?」
「えっ」
 ……やっぱ? って? どういう意味?
「な、なによ、改まって」
「そりゃ……その、うまく言えねえけどさ」
 三木は頭を掻き、説明できないことがもどかしいように顔をしかめた。
「最近、おまえの妹のほうがおれに色々聞いてくるぜ」
「え……茉凛が?」
「ああ。練習で花凜はどんな感じ? って。家族で、学校まで一緒なのに、ちょっと離れててもあいつはおまえのことが気になるんだな」
 ……知らなかった。
 茉凛は三木と同じクラスだけど、わざわざそんなことを聞いていたなんて。
「なのにおまえは、あんまり妹のことをおれに聞いてこないよなーって思って」
「あ……当たり前でしょ。毎日、家でも学校でも茉凛と顔合わせてんのに、いちいち聞く必要もないでしょ」
 うんざりとした気持ちが出ないように、ヒヤヒヤする。
 三木は特に気にした様子もなく続けた。
「もうひとつ、聞きてえんだけど」
「な、なに?」
「なんで、ダンスのソロ踊りたくねえの? おまえ、すっげーうまいのに」
 …………っ。
 見えないなにかが、ずしっと体の内側に重石みたいに落ちてきた。
 いやな感触が体じゅうにじわじわひろがっていく……。
「前に桜井が頼んだのに、むきになって断ってたろ」
「え……」
 いつの話? と記憶をたどって思い当たった。
 いつだったかの体育準備室。ソロを勧めた桜井さんに、私が思わず声を荒らげて、そのあと三木が準備室に入ってきて――
「き……聞いてたの?」
「たまたま聞こえたんだよ。立ち聞きなんてするつもりじゃなかった」
 三木はパーカーのポケットに手を突っ込んだまま、かぶりを振った。
「なあ、なんで?」
「なんでもないったら」
「なんでもねえはずねえだろ」
 もう嘘でもなんでもいい。とにかくこの場を切り抜けようと言葉を探していたら、三木はさらに残酷だった。
「もしかして、踊りたくねえのは妹のせいとか?」
「…………」
 一瞬黙って、しまったと思ったけど、遅かった。
「図星かよ」
「…………」
 ……なんでよ。
 なんでこんなに踏み込んでくるの? 詮索なんて、しないでよ。
 言い返すつもりが、言い返せなかった。
 頑丈なバリアを張り続けてきたのに。その結界を外側から粉々に打ち砕かれたみたいだった。せりあがってきたものが、津波みたいに押し寄せてくる。
 こちらを見て急にうろたえた三木が、練習で使っていたスポーツタオルを取り出して、ぶっきらぼうによこした。
「……わりぃ。涙、ふけよ」
 もうごまかせなかった。
 私の目からは涙がぽろぽろあふれてしまっていたから。
 汗臭い三木のスポーツタオルに顔を埋めるようにして、私は自分の膝に突っ伏して、肩を震わせて泣いた。
「………っく……っく…………」
 苦しい、苦しい、苦しい。しゃくり上げて、胸がつかえる。
 みっともなくて、いやなのに。
 ぽん、と頭になにか温かいものが置かれた。
 それが三木の手のひらだとわかるまで、私はしばらくそうしていた。
「……なにがあったんだよ。ダンス教室で」
 もうそこまでバレてる。じゃあ今さら隠したってだめなんだ。
 観念して、私は小学校のダンス教室でのことを三木に話した。
 五年生の頃、ジュニアダンスに憧れて、ダンス教室にいきたいと親にせがんだこと。
 当然、茉凛もやりたいと言い出して、一緒に通い始めたこと。
 ダンス教室の発表会のために、毎日がんばって練習したこと。
 けど、先生は前列のセンターを茉凛にしたこと。
 他の子たちも、茉凛のほうが上手とはやし立てたこと。
 発表会で、茉凛の後ろで踊るのがつらくて、ステージ中に泣きそうになったこと。
 楽しかったはずのダンスが嫌いになって、結局、教室を辞めたこと。
 花凜が辞めるなら、と言って茉凛も辞めたこと。
「……ときどき……茉凛のことが、す、すごくいやに、なる……。いつも後から……や、やってきて、私がほしかった、ものを、も、持って、いっちゃう……――つら、かった、ことしか……の、こらないもん……」
 だから中学では部活に入るのをやめた。後から茉凛がついてきそうだったから。
 なにかを選ぶときは大抵、茉凛に先を譲った。
 先に選んで、茉凛に後から持っていかれるのがいやだから。
 食べ物も、服も、いつのまにか、『好きなもの』じゃなくて『茉凛とは違うもの』を意識的に選ぶようになってる。
 本当はちがう。
 こんなはずじゃなかったのに……。