聖母のマリ子

 この国最後の王族となったグレゴリオは、自身の目的を果たすためモンテヴェルディ王国を興し、王となった。

 母や妹を不幸にした者達への復讐‥‥見て見ぬふりをしてきた者も含め、自分達を虐げていた狂人共を根絶やしにするまで、身の内で燻り続ける怒りは決して静まらない。

 グレゴリオは怒りのままに粛清を行い、国内に蔓延っていた狂人共の血を流し終えると、その刃を他国に嫁いだ姉妹へと向けた。

 自身の血を分けた幼い娘を孕ます狂った男の血が濃く流れている姉妹を見過ごすわけにはいかない‥‥狂った血を根絶やしにする‥‥それがグレゴリオの信じる正義であり、彼が正義の名の元に戦争に明け暮れた結果、モンテヴェルディ王国は瞬く間に大国へと変貌を遂げた。

 深夜、王宮の最奥にある寝室。復讐を終えその穢れた血を静かに流そうとしているグレゴリオを、月明かりが優しく照らしていた。

「やっと‥‥楽になれる‥‥」

 多くの血を吸ったその刃を首筋にあて、己の手に力を込める。痛みは感じない。もう何年も前からその感覚は失っていた。生ぬるい血がむしろ心地いい。薄れゆく意識の中でグレゴリオが思いえがいたのは、母か妹か‥‥

 目を開けるとそこは真っ白な空間だった。ここはどこだろうか?地獄にしてはあまりにも澄んだ空気に、居心地の悪さを感じて戸惑う。

「グレゴリオ」

 自分の名を呼ぶ声に振り向くと、そこにいたのはひとりの少女で、その姿にグレゴリオは自分の目を疑った。

 妹が年を重ねたような雰囲気ではあるが、妹ではない。ならばこの少女は誰なのか‥‥?

「血を流し過ぎたあなたは魂が呪われ、死んだところでその呪いはとけることなく、魂のままさまよい続ける‥‥」

 意味はわからないが、言われてみれば多くの命を奪った自分が死んで楽になることを許されるはずもなかったのだと、思い当たる。

「呪いがとけない限り、この世界は呪いによって滅びることになってしまう‥‥」

 死んで駄目なら、どうしろと言うのか‥‥

「時間をかけて呪われた魂を浄化していかねばなりません。私はその役目を果たすため、神によって遣わされました。呪われた魂を浄化することはあなたにしかできません‥‥それは愛を知らないあなたには死ぬより難しいことかもしれません。ですが、この呪いは愛でしか浄化されない。世界を救うため、どうか私を愛して下さい。それがあなたの禊となるでしょう」