聖母のマリ子

 髪も目も母と同じ色を持った妹は母の名をつけられた。寵妃を失った王は母の代わりに妹を愛すようになり、グレゴリオは母の死と引き換えに一時の平安を手に入れた。

 母の名を与えられた妹は、色だけではなくその面影も母から受け継いでいた。

 グレゴリオにとっては母も狂った人間のひとりでしかなかったが、妹によってそれが塗り替えられていく‥‥信じることを許されなかったグレゴリオに、唯一信じてもいいと思える存在が現れたのだった。

 この地獄の中でただ生き延びることだけしかしてこなかったグレゴリオに、妹を守るという目標が生まれた。

 王が妹を愛している限り、妹の命が狙われることはない。13歳で後宮を出ることになったグレゴリオは、軍に所属することを望んだ。身分の低い自分では政治の世界で身をたてることはかなわない。グレゴリオが強くなるためにはこの道しかなかった。

 後ろ楯のない自分が妹の後ろ楯になるための力が欲しかった。

 軍では身分に関係なく力さえあればのぼりつめることが可能であり、グレゴリオには紛れもなく王の血が流れている。体格に恵まれ力も強く、血筋もいい。努力を惜しまねばその機会は必ずめぐってくるはずだ。

 グレゴリオは年齢が上がると共にその頭角を現し、数々の戦場で武功を上げ、自らの力でその身を確固たるものへと押し上げた。

 全ては妹を守るため‥‥その一心で剣をふるい続け、そのまま月日は流れていく。

 ある日、中将までのぼりつめ師団を率いて隣国と戦争をしていたグレゴリオの元に訃報が届いた。

 妹の死‥‥‥‥

 詳細はわからない。ただ妹が死んだという現実に、戦う意味を奪われたグレゴリオは打ちのめされたが、1万を越える兵を見捨てるわけにもいかず無心で戦い続け、どうにか戦争を終わらせ急ぎ帰国した。

 王への面会はかなわず、側近に詰め寄るも目をそらすばかりで事情を語ろうとしない。

 後宮に向かい妹の世話をしていたはずの侍女を脅して、ようやく話を聞くことができた。

 妹の死因は出産時の出血多量によるショック死‥‥言葉の意味はわかるが脳が理解することを拒絶した。妹は12歳だった。その妹が出産?そもそも後宮で暮らしていた妹がなぜ妊娠するんだ?

 『何も信じてはいけない』

 死んだ母の言葉が脳内を駆けめぐった。

 王に愛されていれば命の危険はないだと?そんなわけない。ここには狂った者しかいないのだ。王も狂っていると知っていたのに‥‥嫌という程その狂気を目にしていたというのに‥‥よりにもよってあの狂人に大事な妹を託してしまうなんて‥‥

「うああああああ‥‥‥‥!」

 その夜、グレゴリオの手によって城内にいた王族は全て殺され、後宮とハーレムが焼き払われた。