僕が矢束さんを好きなのは、才色兼備という点だけではない。
もちろん一目惚れだったので、顔は抜群に好みなのだけど。
最初はなんというかテレビの中の女優をみているような、そんな感覚で、恋というわけではなかった気がする。

目の保養でたまに眺めるだけだった頃、僕は帰宅途中の矢束さんを見かけたことがある。
矢束さんは女子テニス部(あらゆる男子がよく見学しているらしい)で、帰宅部の僕と帰りの時間にかちあうことなんて普段ない。
その日はたぶんテスト期間中で部活がなかったような気がする。

矢束さんは道端に座り込んでいて、もしかして体調が悪いのか⋯⋯?と遠巻きに見ると、矢束さんと対峙している黒の野良猫がいた。

「にゃあー。にゃにゃ?」
野良猫に手を伸ばして猫に話しかける矢束さんを、野良猫はふいっと無視して去っていった。
そのあとしょんぼりした様子の矢束さんは普段の冷静でクールな姿とは違ってギャップがあって、心を鷲掴みにされてしまった。

それから矢束さんをバレないように観察していると、矢束さんはちょっとおっちょこちょいで、抜けていることがわかった(集めた消しカスを間違って自分の筆箱に入れたり、机に引っかかって一瞬転びそうになったり)。
僕がどんどんと好きになってしまうのも当然だった。

この想いが膨らんだからといって、話しかけることももちろんできないのだけど。
こんな地味で冴えない僕が彼女のストーリーに顔を出すことさえ恐れ多いというか。
彼女の中でモブの位置でいいというか。
いや、モブ未満かもしれない。
彼氏の位置におさまりたいなんて夢でも考えたこともない。


でも、彼女が下心ありの男子たちのそういった賭けの対象になるのは、嫌だった。
だからそういった男子たちに彼女が捕まっている時は、嫌がったらいつでも飛び出していけるように待機をしていた(ほんとに飛び出せるかは僕のそのときの火事場の馬鹿力にかけていたのだが)。
男子たちも彼女を前にすると怖気付くのか、結局文化祭まで襲いかかろうとするやつすらいなかったので僕の出番はなかった。

そうしているうちに、文化祭の日を迎えたのである。