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 まずった。なにが、とは言わんがせっかくのチャンスを。しかも、千歳から解放されるチャンスだったかもしれないのに。
 朝になって我に返った俺は、1限の講義室で後悔がおしよせてきて机に突っ伏している。

 そーだよ。はじめはとくに好きとかじゃなくても、付き合ううちに好きになったりするんだろうし。子どものころの人間関係にしばられてるより、そういうほうがずっと健全だ。

 ふと、自分のリュックの横にさしてあるあの子の折りたたみ傘をみやる。いまさら彼女とどうこうなれるわけはないけど、連絡して傘返して……。

 そこまで考えると、後ろの席のいすをおろす音がして顔をあげる。ふりかえると小野寺が荷物をおろしていた。


「おつかれー」

「おつかれー。なぁなぁ、昨日あのあとどうだった? なんかあった?」


 声を落としてきいてくる小野寺。同時に、講義室にはいってきた千歳の姿が横目にみえた。
 一瞬、千歳とぱちっと目があう。何かが後ろめたくてごまかすようにひと呼吸おいて、小野寺に視線をもどして、にやっと笑ってみせた。


「あった。かなり」

「まじか! やるな中村! つーか俺キューピッドじゃん!」


 よし。ぜったい千歳にも聞こえてるはず。事実を思いかえすと情けなくて泣けてくるけど。
 視界のはしで千歳がこっちをみているのがなんとなくわかった。