「目が覚めたかい?」

同じようなセリフを聞いて、起き上がる。

でも、殿下ではなくてやさしそうなお爺さんだった。

白衣を着ていたし、お医者さんだろうと見当をつける。

「殿下には外で待ってもらっているよ。君には薬を投与させてもらった」

私は駐車のあとのついた腕を見る。

そういえば、気分が楽になって、頭もいたくない。

あと、服はゆったりとしたワンピースに着替えられていた。

「君は・・・」

突然深刻そうな顔をされた。

「虐待を受けていたのかな」

「え?」

誰が?私が?

虐待・・・?

いまいち腑に落ちす、首をかしげる。

「・・・母が暴力をふるうのは見たことありますが、私にそんなことは・・・」

おじいさんは、私の肩をさした。

「さっき、看護師が着替えさせたんだが」

うむ?

「肩には・・・ムチのあとがついていたらしい」

「え」

・・・記憶にないのに?

「きっと・・・忘れたいから忘れようと必死だったのかもしれない。だから・・・まあ、そういうことだ。なにかあったら周りを頼ってくれ。この年になったから多分前よりは大丈夫だろうが、また体調が悪くなったら来てくれい」

この年って・・・まだ13だけどね。
私はとりあえず頭を下げた。

「・・・ありがとうございました」

私は病室を出た。

ムチ跡があるって・・・知らなかったなあ。

ま、自分では見えないから仕方ないかもしれないけれど。

ただ、母が私にムチを振るっていたことに、抵抗はなかった。

あの顔で暴力をふるわれたら、確かにつらいかもしれない。

精神やばいのか、私。

メンタルとかって、鍛えられないのか。

「ティアラ嬢、大丈夫?」

待っていてくれたらしい殿下に、私は頭を下げた。

気分も戻ったし、アピらせてもらおう。

「はいっ、ウィー・・・」

そう言おうとしたけど、殿下のすらりとした指が、私の口の前で止まる。

思わず見上げると、にこりといわれた。

「演じるの禁止」


単純ヒロインの殿下だますぞ作戦は、あっけなく終わった。


ひいいいいっ。

目が笑ってないよー。怖いよー!

「べ、別に、演じているわけでは・・・」

つい視線を逸らすとにこりといわれる。

「言っておくけど、君ほどわかりやすい子はいなかった」

・・・ぴえん。

「とりあえず、なにか言われてない?」

殿下はお医者さんに言われていないのだろうか。

流れで言いそうなのに・・・

私はにこりとした。

「大丈夫です。寝不足って言われました」

殿下は眉をひそめたけど、気にしない。

「・・・ならよかった。もう暗いし、送っていくよ」

「え、ここから10分ちょいですよ?」

殿下は苦笑する。

「危ないよ。夜は」

私はおことばに甘えることにした。

今うなづかないと、強制されそうで・・・うん。

「殿下、ここでいいです。ありがとうございます」

「どうせだし、屋敷まで送るよ?」

「いえいえ・・・申し訳ないというか、なんというか・・・」

人殺s・・・じゃなくて、母が待っていますので。

多分、普段より鬼みたいな顔をして。

「・・・なにか、訳がありそうだね」

「送って下さい。夜怖いです」

ここから1分もしない距離なのに・・・

どうか、お母さまの顔が少しでも優しくなりますように・・・

「まあ、殿下っ!」

驚いた顔をした母は、すぐに営業スマイル的な笑顔を浮かべる。

「わざわざ、ありがとうございます・・・考えなしの娘に言い聞かせておきますわ。ティアラ、あとでわたくしの部屋に来なさいな」

ひえっ!

さっき、ムチ打たれたとか聞いて・・・な、なんか、暴力とかじゃ、ないですよね?ね?

青ざめていると、殿下が悠長にあいさつをする。

「いえ。体調を崩してしまったようで、病院へお連れしていました」

「そうでしたの!行ってくれれば、わたくしが一緒に行っていたのに・・・」

・・・嘘つけえ。

「何から何まで、申し訳ございません。ティアラ、あなたも謝りなさい」

「・・・ごめんなさい」

深く頭を下げて私は言った。

「君が気にすることはないよ」

そう言われてほっとする・・・わけない。

お母さまの視線が怖い。

「夜も遅いですし、ここで・・・」

なんとかやり取りを終わらせようとするお母さま。

私は何も言わず頭を下げてその場を後にした。