校舎の屋上にあるカザミドリが
カラカラと回っていた。

昼休みの雅俊からもらった
フルーツ牛乳の牛乳瓶を
放課後のラウンジのゴミ箱に
瓶を捨てていた雪菜は、
ふと自動販売機を眺めた。

あの時、凛汰郎は
何を買っていたんだろうかと
じっと見ていた。

上の方には、ミネラルウォーター、炭酸水、緑茶のペットボトル、缶の果物ジュースに、缶コーヒー…と一つ一つに指さして、
どれだろうと考えた。

本人がいないのに、想像するだけで、
何だか楽しかった。

そうしてる間に、後ろを本人である凛汰郎がゴミ箱にペットボトルを捨てていた。

何も言わずに、チラッと横目で何を捨てたか確認すると、予想外にダイエットコーラを
選んでいた。

まさかの糖類ゼロに、目を丸くした。

ダイエットするような体型じゃ無いのにと
思った。
いかにもコーラを飲みそうなタイプでも
ないと。


「…何?」


 凛汰郎は、見られていることに
 気になった。
 雪菜は、首をブンブン大きく振って、


「なんでもないよ!」


「あ、そう…。」

 
 凛汰郎は、
 少し恥ずかしそうに、
 荷物を持ち直して
 弓道場の方へ立ち去っていく。
 
 立ち去った後、雪菜は、深呼吸をした。

「あれ、雪菜?
 今から部活?」

 たまたま通りかかった雅俊が
 声をかけてきた。

「そう、今から部活。
 雅俊は?」

「俺も。部活、バスケだから。」

「あれ?バスケなの?
 陸上じゃなかったっけ?」

「陸上は助っ人で出てるの。
 駅伝とか、大会ある時だけね。
 なんてたって、俺、足早いからね。」

「自慢ですか。
 それは良かったですね。」

「てかさ、雪菜。
 あいつと仲良いわけ?」

「え、あいつって誰?」

「弓道部の。」

「えー、もしかして
 凛汰郎くんのことかな。」

「わからないけど、いつも一緒じゃん。」

「それは、私が部長で
 凛汰郎くんが副部長だからだよ。
 というか、あいつって
 先輩だよ?
 雅俊こそ、去年なんて
 全然話しかけてこないくせに
 なんで最近になって声かけてくんのよ。」

「雪菜、部長なんだ。
 大変だね。
 去年は忙しくてね、色々。
 俺のことはいいんだよ。
 ほっとけって。
 まぁ、いいや。部活行かないとな。
 んじゃな。」

 手を振って別れを告げると、雅俊は、
 体育館の方へ向かっていく。
 弓道場とは反対方向だった。

 何がしたかったんだろうと、
 疑問に思いながら、思わず、
 自販機のダイエットコーラを
 不意に選んで買っていた。

 あの人と一緒の飲み物というだけで
 心が温かくなった。

 買ったばかりのペットボトルを
 バックの中に忍ばせた。


****

 今日も部活の時間が始まった。
 更衣室で弓道着の袴に帯をきつく締めて、
 胸当てを着用した。
 茶色の三つ指が入る弓懸けを右手に
 装着し、立てかけていた弓と矢2本を
 それぞれ持った。

 雪菜が持っていたのは、
 ジュラルミン矢と七面鳥のターキーと
 言われる羽根の矢を使用していた。

 この弓道をするにあたって用意する
 道具もピンからキリまであって、
 選ぶのも大変だった。
 高額しすぎてもまだ上達をしてないのに
 すぐ壊れたら、コストもかかる。

 安いのもあるが、
 しっかりと的に当たるのかという
 心配もある。

 どちらにしてもメリットデメリットが
 ありそうだ。

 雪菜は何となくで選んでいた弓と矢は
 案外自分自身と合っていて、
 使いやすかった。

「これ、前にも説明したかと思うけど、
 高ければいいってわけじゃないから。
 弓も矢も安くても高くても使いこなしたら
 一流ってことだよ。
 どのスポーツでも同じだと思うけどさ。」

 遠くの方で、凛汰郎は後輩たちに
 説明していた。

「はい。わかりました。
 覚えておきます。」

 雪菜はその話しは
 何度も聞かされていたけども、
 道具より何よりその時の
 コンディションで成績が決まるなと
 感じていた。

 (集中力、集中力……。)

 目を閉じて神経を研ぎ澄ませた。

 弓を縦に、2本の矢を丁寧に持ち、
 横に並べては、矢に指を滑らせて
 霞的のど真ん中を見つめ、
 大きく弦を引っ張った。

 一瞬、鳴いていた鳥も息を飲むように
 静かになった気がした。

 風を切って、前髪が揺れた。

 1本の矢が勢いを増して、的に素早く
 飛んでいく。

 部長が矢を放つということで
 部員たちは静かに見守っていた。

 いい音が鳴った。
 
 雪菜が放った矢は、ニの黒で幅1.5㎝の
 ところに刺さった。
 惜しいところでど真ん中には
 当たらなかった。
 
 気持ちを切り替えて、
 続けて2本目の矢を放った。

 今度は、一の黒で幅3.6cmのところに
 刺さる。

 矢を放ち終えて、終わりの所作も丁寧に
 行った。

「先輩、昨日より、調子いいですね。」

「そうかな。
 まぁまぁ、いいことあったからかな。」

「そうなんですか。
 やっぱり、メンタル大事ですよね。
 私も今日はできそうな気がします。」

 菊地紗矢は張り切って、
 射場に進んでいく。

 呼吸を整えて、 
 的までの28mの距離を
 どう攻略するかを
 考えながら、集中させた。

 雪菜に負けぬよう、
 真ん中に狙いを定めて、
 2本の矢を放った。

 風がふいたせいか
 思ったよりまっすぐ飛ばなかった。

 1本目は、三の黒の3.3cm幅と
 2本目は、的の外側に刺さっていた。

 所作だけは、丁寧にとお辞儀して
 終わらせた。

 素に戻るとガックリとした顔を見せた。

「先輩…私、今日はダメでした。
 明日はきっと大丈夫ですね。」

「そうそう、プラス思考に考えよう。
 確かに真ん中に刺さることが目標だけど、
 この射場に立って挑戦してるってこと
 だけでもパワー使ってるからね。
 頑張ってる自分褒めよう!
 むしろ、弓道は、的より姿勢とか、
 所作とかそっちの方が大事って
 言うからさ。」

「ですよね!集中力、大事ですよね。
 私、今日も頑張りました!」

「そうそう。」

「お疲れさま〜。
 ごめんね、職員会議で遅くなった。」

「みんな、集合!」

 顧問のいろはが、弓道場に来ていた。
 部長である雪菜が集合をかけて、
 一斉に挨拶した。

「注目、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」

 とともに一同が一礼する。

「みんな、調子はどう?
 来週かな、試合あるんだよね。
 今日の練習で 
 真ん中に当たった人も当たらない人も
 集中力大事だよ。
 初心忘れべからずで、姿勢きちんとね。」

「はい!」

「あと、だいぶ、外も暗くなってきたから
 うーん10分くらいで終わりにして
 いいよ。
 部長、みんなにタイミング見て
 声かけして帰らせて。
 ごめんね、私、仕事やり残してきたから
 職員室戻るね。
 お疲れさま〜。」

「はい、わかりました!
 お疲れさまです!」

 腕時計を見ながら、
 弓道場を去っていくいろはに
 雪菜はお辞儀した。

「練習してない人、
 どんどん射場に入って。
 あと10分はあるから。」

「はい!」

 後輩たちは薄暗くなっていく
 射場で次々と矢を放っていく。

 夕日が沈み、一日が終わろうとしていた。
 
 弓道場の端っこに取り付けていた時計が
 午後6時になろうとしていた。

「そろそろ終わりにします。
 みんな、片付けて、着替えてください。」

「はい!」

 ガヤガヤと片付けとモップで掃除が
 始まった。

 掃除を終えた部員からそれぞれ着替え
 始めた。

 全部終わったなと確かめて、
 部室の施錠をした。
 
 みんな制服に着替え、
 弓道道具を入れた袋を
 背負っていた。

 いつも部活を終えた瞬間は
 やり切った感じが出る。

 部員全員に挨拶を終えて、
 雪菜は家路を急ぐ。

 学校の駐輪場にとめていた自転車を
 取り出した。
 校舎から続く、アスファルトの道を
 校門まで自転車を進めようとすると、
 後ろに歩く凛汰郎の姿があった。

 凛汰郎は、学校から徒歩で
 通学していた気がすると思い出して、
 チラチラ後ろを気にしながら、
 サドルに座って、ペダルを漕いで、
 横断歩道を渡ろうとすると、
 雪菜は右折してくる車に気づかなかった。

 そのまま車のフロントガラスに乗るように
 体が宙に浮いた。
 
 背負っていた弓道の荷物は幸いにも
 外側に投げ出された。

 走馬灯のように画面がチラチラと 
 頭に巡る。

 右手を伸ばす凛汰郎がいたような気が
 して、夢を見ていたのかもしれないと
 真っ暗な景色に変わった。

 「誰か!救急車呼んで!!」

 辺りは騒然とした。
 クラクションを鳴らす車もいれば、
 事故の近くに人だかりができた。

 交差点に投げ出された雪菜の体近くには
 大量の血が流れていた。

 車のフロントガラスは円を描くように 
 ヒビ割れていた。

 サイレンの音が響く。

 「おい!!起きろ!!」

 誰の声だろう。

 雪菜は嬉しくなって、
 口角を上げて、目を閉じていた。