「雪菜、もう気を使って声かけなくていいよ。」

 朝の静かな教室、
 凛汰郎に朝の挨拶をしたら、
 そう言われた。
 
 単語帳を片手に勉強で必死の様子。
 
 まだ見込みあるかなと、
 雅俊のことをいったん忘れて、
 より戻せないかなと微かな望みを
 持ちながら、毎日挨拶だけは
 欠かすことはなかった。

 でも、今日、それさえも拒否された。

 ショックだった。

 二兎追うものは一兎も得ずってこのことか。

 2人のことを追いかけたからか。

 それとも、1人と真剣に
 向き合えなかったからか。

「ごめんね。勉強の、邪魔したね。
 声描けるのやめるから。」

 さびしそうな顔を下に向けて、
 自分の席に向かう。
 本当は挨拶ひとつしてくれただけで
 ものすごくうれしかった。

 勉強なんてお飾りで、必死で
 勉強しなくても、模試の結果は
 A判定だった。
 
 無理して自分は一人でも大丈夫だと
 アピールして、安心して
 雅俊と付き合いができるようにと
 凛汰郎なりの配慮だった。

 自分よりも相手ファーストの
 気遣いなのに、雪菜は全然気づかない。

 もう傷つくのは嫌だと感じた雪菜は、
 机に顔をうずめては、眠ったふりをし続けた。
 もちろん、授業中に先生に注意はされるのだが、
 優等生の雪菜でさえも注意されるのかと
 周りのクラスメイトたちは驚いていた。





 カザミドリがくるくると回る屋上に
 おにぎりを持って、1人ベンチに座る。

 何人かの生徒が屋上の端の方で
 お昼ごはんを食べている。

 空を見上げると、うろこ雲がふわふわとあった。

 遠くに揺れ動くお店のアドバルーン広告は
 飛ばされたりしないだろうかと疑問に思った。

 突然、手のひらで両目を隠された。

「だーれだ?!」

「……言いたくない。」

「つれないな。
 そういうときは『まーくん♡』だろ。
 それでも彼女か?!」

 目をそらす雪菜。

「すいませんね。
 理想通りの彼女じゃなくて。」

 隣のベンチにまたがって座る雅俊。

「もう、雪菜は昼飯食べたの?
 俺はこれから。
 フランスパン持って来た。」

「でかいね。」

「でしょう?
 昨日、ばぁちゃんがおしゃれな
 パン屋で買ってきたから持ってけって
 うるさくてね。」

 少し笑みをこぼす。
 雅俊はバリバリと硬いパンを食べ始めた。

「なんで、そんな落ち込んでんの?
 今朝の上靴?
 今日のはすごかったね。
 ボンド入れるとは思わなかった。」

「……ボンドよりショックだったから。
 絶対話さないけど。」

「えー-マジで?
 ボンドは最悪だって。
 それよりもショックって、
 雪菜どんなメンタルしてんのよ。
 ちょっと普通じゃないの?」

「放っておいて。
 というか、今日の昼休みも
 別に待ち合わせしてないし。
 なんで来てるの?」

「えー--、今頃?
 別にいいじゃん。
 一緒に食べたって。
 ここかなぁって
 俺っちセンサーが働いたわけ。
 すごいだろ?」

「どんなセンサーしてんの?
 んじゃ、私のご機嫌も感じ取ってよ。」

「だから、聞いてるじゃんよ。
 これでも心配してんのよ?」

 しばし間が訪れる。
 フランスパンが硬くてなかなか減らない。
 雪菜は持っていたおにぎりを
 食べ終えて、ペットボトルのお茶を
 ぐびぐび飲んだ。

「もう教室戻る。」

「えー。俺まだ食べ終わってないよ?」

「だから、待ち合わせしてないから。」

「ちぇ…。」

 雪菜は荷物をまとめて、そうそうに
 屋上から教室に戻った。

 後ろをちらりと戻ると、 
 女子の後輩何人かに声を掛けられる
 雅俊の様子が見えた。
 自分じゃなくても相手してくれる人いるから
 いいだろうと思った。

 幼馴染からの彼氏というのは、
 まるで熟年カップルかのような
 空気みたいに
 わかりきってる関係性で、
 恋愛のモードに入りにくいという
 デメリットを感じ始めた。

 交際ってどんなふうにするんだっけ。

 ときめきってなんだっけ。

 雅俊と一緒にいると弟と一緒にいる
 感覚になって、
 好きは好きなんだろうけども、
 可もなく不可もなくの
 グラフで言うと、
 ずっと横ばいな気持ちに
 なっていた。

 それって付き合うってことになるのだろうか。

 自問自答をする毎日に加えては
 日常に刺激を求め始めつつあった。
 
 現状を変えたいのかもしれない。
 
 学校から帰宅して、
 部屋の机にドサッとバックを乗せては、
 スマホを取り出して、
 スワイプした。

 通話ボタンをタップする。

 隣の家の部屋の窓がカラカラと開くのが
 わかった。

「雪菜~!電話するなら、直接でいいだろう?」

 手を振って合図する。
 一人で帰ってきたため、
 雅俊が、家にいるとは思わなかった。

「お父さんから禁止令出てるでしょう。
 んじゃ、ここからでいいよ。」

 スマホの電話モードを閉じた。

「おう。
 んじゃ、ここから。
 んで、何の用?」

「もう、やめよう。
 彼氏彼女ごっご。」

「…え?
 ごっこだったの?」

「私には、やっぱ、無理だったかも。
 いろんな意味で辛い。
 いつもの幼馴染の関係に戻ろう。」

 窓から身を乗り出して、
 声を出す。

「俺、彼氏彼女ごっこって思ってないから。
 本気で付き合ってたつもりだったよ?
 それでもだめなの?」

「うん。私には、無理。
 ごめんね。ありがとう。」

 窓をピシャンと閉じた。
 雅俊の部屋の窓は開いたまま。
 ずっとこちらを見ていた。
 諦めきれない何かがあるようだ。

「だめなところあったら、直すから!
 考え直すし。
 雪菜が希望する通りに行動するから。
 それでもだめ?!」

 話を聞くととても女々しい。
 そんな会話が逆に愛しく感じるが、
 もう、恋愛対象ではなかった。

 窓越しに

「ダメ!」

 その声を聞いても今度は家の中に入ってきて、
 階段を上ってきた。
  ガチャとノックも無しに入ってくる。

「ねぇ、なんで、そうなんの?
 突然?
 もうすぐ1か月記念日なのに?」

 机を前に椅子に座った雪菜は、
 宿題のノートを広げた。

「勝手に入ってきちゃダメじゃん。
 お父さんに叱られたばかりでしょう。
 でも窓から侵入じゃないからセーフなのかな。」

 シャープペンをあごにトントンとつけた。
 そんなのお構いなしに
 横からぎゅうっとハグをする。

「大事にするからさ。
 本当にやめようとか言わないでよ。 
 せめて、高校卒業まで一緒にいて。」

 急に小さな子供のように懇願する。
 寂しさからか、雅俊は首を縦には振らなかった。
 推しに弱い雪菜は結局、雅俊の言う通りに
 卒業まで付き合うということになった。
 
 複雑な気持ちのまま、ハグする雅俊の頭を
 なでなでした。

 駄々をこねる子をなだめる保護者に
 なった気分だった。