「ただいまぁー。あー、疲れたなぁ。
 あれ、姉ちゃんの靴ある。
 あ、そっか。今日休んだんだっけ。
 まぁ、いいか。」

 雪菜の弟の徹平が帰宅した。
 リビングに入って行く音がする。

 雪菜と雅俊は焦りに焦った。
 
 事が済んだ後で、
 衣服がはだけていた。

 焦った雪菜は、
 雅俊をクローゼットの中に
 隠れなさいと指示しては、
 自分はベッドの中にもぐりこむ。
 
 しばらくしても、
 徹平が上に上がって
 こないとわかり、
 そろそろ出てもいいよと
 外に出るよう促した。

 ワイシャツのボタンが2段目まで
 取れたままだ。

 暑くて、ワシャワシャと風を送る。

 雪菜の部屋から出ようとすると、
 まさかの徹平とご対面する。

 一瞬、2人は凍り付く。

 徹平は指をさす。

「…え、なに、まーくん。
 なんで、姉ちゃんの部屋から
 出てくるの?」

「え、あ。あー、見舞い?」


 徹平は雪菜の様子を伺うように
 部屋の中を見ようとするが、
 雅俊は、パントマイムのように
 見せないようにする。


「見舞いするほど、具合悪くして
 なかったけど…。
 てか、まーくんどっから入ったのさ?
 玄関に靴ないけど。」

「あ! 徹平の部屋に靴置いてたわ。」
 
 慌てて、徹平の部屋にかけだす。

「な、なんで?!」

「あ、あった。悪いな。
 邪魔したな。」
 
 床に落ちていたスニーカーを履く。

 徹平はジロジロと雅俊を見ると、
 ズボンからワイシャツは
 はだけているし、
 いつもしないサングラスが
 ワイシャツにつけていて
 足には包帯巻いていた。

 違和感しかなかった。

「まーくん。姉ちゃん、食ったのか?」

 驚いた顔をさせた。

「な、何言ってるんだよ。
 んなわけねぇだろ。
 大事な姉ちゃん食わないよ。」
(本当のこと言えるわけがねぇ。〉

「だよなぁ。
 姉ちゃん、
 女として魅力ないもんな。」

「なんだって?!聞こえてますけど?」

 隣の部屋から雪菜の声がする。

「魅力がないわけじゃないけどもさ。
 まぁ、まぁまぁ…。
 ふふふ…。」

 笑いがとまらなくなる雅俊。

「何がそんなにおかしいんだよ。」

「いや、なんでもない。
 んじゃ、またあとで、
 ゲームしような。」

「あ、本当? やったね。
 そしたら、早く宿題終わらせるわ。」

 徹平は、うきうきして、机に向かって
 勉強道具を準備し始めた。

 雅俊は、入ってきた窓から、
 自分の部屋に器用に飛び移った。

 その飛び移った様子をちょうど
 帰ってきた
 龍弥に見られていた。

「おい!? 雅俊。
 そこで何してる?!」

「うわ、やべぇ。
 親父さんに見つかった。」

焦る雅俊は、
慌てて、家の階段を下りて、
謝りに行く。

くどくどと説教タイムが始まった。

龍弥の説教は30分はかかっていた。

何度もぺこぺこと
謝り続ける雅俊だった。

それを2階の窓からのぞく雪菜は呆れてため息をつく。

人生良いことと嫌なことの
組み合わせで出来ている。

雅俊にとって、
最高に幸せの時間を
手に入れたため、
一気にバロメータが
下がっているんだろう。

この後は、
さらにいいことしか
起きないのかもしれない。

 
2階から見えた雪菜に
説教ついでにウィンクして
時間つぶしをすると、
龍弥は、それさえも怒っている。



◇◇◇



学校のチャイムが鳴った。
ガタガタと椅子が鳴る。

「雪菜、おはよう。」

 何週間かぶりに緋奈子が声を
 かけてきた。

「あ……おはよう。」

 雪菜は涙が出そうなくらい
 嬉しかった。
 ずっと話しかけられなかったし、
 話そうともしなかった。

 和解ができた気がして嬉しかった。

昼休みに机を並べて、
一緒にお弁当を食べた。
この上なく、お弁当がおいしく感じた。

ボッチ飯より、やっぱり友達同士で
食べたほうがおいしいんだ。

「雪菜……。雅俊くんとどうだった?」

「え、どうだったって何の話?」

 顔がお猿のように赤くなる。

「あ、ごめん。その話じゃなくて、
 付き合うとか付き合わないとかの話。
 結局、雅俊くんって正式に言わないと
 交際にならないって聞いてて。
 どうなったのかなって。
 雪菜、凛汰郎くんと付き合ってたのは
 やめたの?」

 違う話だと分かると、
 いつもの表情に戻した。
 緋奈子はお弁当のミートボールを
 パクパクと食べる。

「あ、そっか。
 何も言ってないや。
 確認しないといけないよね。
 確かにOKとは言ってないんだよね。
 凛汰郎くんとは
 距離置こうって言われてた
 から、これからどうするか
 はっきり言ってないから、
 今日、話そうと思ってて…。」

「そうなんだ。
 でも、安心したよ。
 雅俊くんに
 彼女のふりしてって
 ずっと
 言われてたからさ。
 本当のこと言えなくて…。
 だましてたみたいで
 本当にごめんね。」

「あ、そうだったんだね。
 私が勘違いだったんだ。」

「彼女のふりしてと言いながら
 やることはやってるけど。
 何か、雅俊くんって
 校内で人気あるっていうし、
 ファンクラブもあるもんね。
 交際にならなくても良いって
 思っちゃったかな。
 優しいもんね。」

 緋奈子は照れながら話していた。

「好きになっちゃった?」

「あ、いや。
 うん。私は、もうこりごり。
 やっぱり、
 女子を敵に回しそうじゃん。
 浮気性だし。
 彼氏にはしたくないのよ。」

「だよね。わかる。
 私もわかってはいるんだけどさ。
 だまされてるのかな。」

「……雪菜は昔から本命だって
 何回も言ってたよ。
 本当か嘘かはなぞだけど。」

 食べ終わった弁当を片づける緋奈子。
 雪菜は、
 弁当箱に入っていたおにぎりを
 ちびちび食べた。

「それも口説き文句ぽくない?
 半分聞いておくんだけさ。」

「まぁ、いいじゃん。
 そういいながらも雪菜も
 雅俊くんが本命なんでしょう?」

「え?」

「だって、顔にかいてる。」

「…あー、ばれてたんだ。
 何も話したことなかったのに。
 緋奈子には嘘つけないな。」

 顔をポリポリとかく雪菜。

 廊下側に座っていた凛汰郎が
 アイコンタクトで
 雪菜を呼んだ。
 ちょうど、
 お弁当は食べ終わっていた。

「ごめん。凛汰郎くんと話してくるね。」

「いいよ。私のことは気にしないで。
 ごゆっくり~。」

「ありがとう。」


 立ち上がり、屋上に続く
 階段の踊り場まで歩いた。

「呼び出して、ごめん。」

「ううん。大丈夫。
 私も話したいことあったから。
 あ、手の傷。大丈夫?
 雅俊が関係してるんだよね。」

「う、うん。そう。
 俺も感情的になってしまって…。
 申し訳ないなって思ってるんだけど、
 雪菜のことだましてたっていうのが
 許せなくて、悪いな。」

「大丈夫大丈夫。
 あいつは、不死身に近いから。
 私のことで
 怒ってくれてありがとう。」

「いや、そんなことはない。」

「話って、何?」

「あー、いや、雪菜からいいよ。」

「そう?
 いや、でも話しにくいから
 先に凛汰郎くんから。」

「あぁ、うん。
 距離置こうって話なんだけど、
 やっぱり、俺、付き合うのは
 やめた方がいいかなと思ってたんだ。
 受験勉強に本当に
 集中しないといけなくて…。」

 本当は、振られたくない気持ちが
 強くあって、
 自分から言った方が
 好都合だと思った凛汰郎。
 もう、自分に気持ちが
 薄れているんだろうと
 察していた。

「あー、そうなんだね。
 勉強、大変だよね。
 私といたら、はかどらないもんね。」

「そんなことはないんだけどさ。
 お互いのためにと思って…。
 雪菜、今、幸せ?」

「え?」

 不意打ちに聞く質問にどきっとする。

「う、うん。幸せだよ。」

「俺、雪菜が幸せなら、
 付き合うってことしなくても
 平気だから。
 受験終わったら、
 その時は、お祝いかねて
 どこか食べに行こう。」
 
「それは、別れるってこと?」

「そういうことになるね。」

 目に涙を浮かべて、凛汰郎を見る。
 どちらも同時に手に入れることは
 できない。
 彼氏から友達に戻る。

「悲しいけど、ありがとう。
 忘れないから。
 絶対合格したら、連絡してね。
 一緒にご飯食べにいく約束。
 それだけは一緒。」

 小指で指切りした。
 それだけは絶対一緒という言葉に
 心がほくほくした。

 本当は同時進行で2人と恋人として
 続けられるならいいのに
 と感じながら、雪菜は別れを告げた。

 雅俊に気持ちも確かめていない間に。