朝日が差し込む台所で母の菜穂は、
目玉焼きとウィンナーをフライパンで
焼いていた。

今日の朝ごはんは雪菜の好きな
おかずのほかに
ハムとチーズのバタートーストを
焼いていた。

ジューと音が響く。

雪菜は隣で水筒にお茶を注いでは、
食卓に座った。

目の下のくまがまた出ている。

向かい側に座る父の龍弥はタブレットで
今朝の新聞を読んでいた。

めがねをかけなおした。

「雪菜、大丈夫か?」

「え…。」

「ほら、朝ごはんできたよ。」

 菜穂はテーブルに家族分の朝ごはん
 プレート皿を並べる。

 徹平は今、ぎりぎりに起きたようで、
 どたどたと階段をかけおりて、すぐにトイレに行く。

 コーヒーを飲むとめがねが曇った。

「何があったか知らないけど、
 休むのも自己管理のうちだからな。
 いただきます。」

 龍弥は、箸を両手で握り、手を合わせた。
 菜穂は、雪菜の隣に座って、同じように
 ごはんを食べ始める。

「私、今日、残業で遅くなるから。
 お父さんは?」

「俺は、いつも通り。
 雨降ってもないし、2人とも
 送迎しなくても
 大丈夫だろ。」

「そうね。
 雪菜、お腹すいてないなら
 果物、バナナだけでも食べていったら?」

「……。」

 箸を置いて、顔をふさぐ。
 嗚咽が響く。
 突然、泣き始めた。

「雪菜、どうした?」

「雪菜、何したの?」

「おはよう。俺、今日、朝練あるから
 バナナと牛乳だけでいい。
 遅刻するぅ……。
 って、何、姉ちゃん、泣いてるの?」

 席に座って、
 バナナの皮をむいて食べる徹平。
 向かい側で感情を出す雪菜を見て
 驚いていた。

 さっきと様子が違う。
 ぼんやりした表情から、
 呼吸も乱れ始めている。

「母さん、今日、雪菜休ませた方いいな。」

「そうね。
 学校に連絡しておくわ。」

 龍弥は、立ち上がって、雪菜の肩をなでた。

「落ち着け。深呼吸しろ。
 過呼吸なるぞ。
 泣いてもいいから。
 息をするんだ。」

 
 龍弥は、少し呼吸が整ったのを確認して
 雪菜を抱えて、2階の部屋に連れて
 ベッドに寝かせた。

「今日は、ゆっくり休め。
 今、母さん来るから話すといい。」
 
 龍弥は、部屋を出て行った。

 少し泣き止んできた雪菜は、
 壁の方を向いて目をつぶった。

「ねぇ、姉ちゃん、大丈夫なの?」
 
「うん、ちょっとストレスたまったのかも
 しれないね。
 母さん聞いてみるから。」

「母さん、雪菜の話聞いてやって。
 俺には、たぶん話しにくいだろうから。」

「うん。今日、仕事遅刻して行くわ。
 あまり雪菜は、自分のこと話さないから。
 その分、徹平はすごくお喋りだけど…。」

「え、俺のせい?」

「そういう意味じゃない。
 性格の問題ってことだろ。」

「あ、そうか。
 平気な顔してそうなのに
 姉ちゃんはため込むタイプか。」

 龍弥は、出勤時間のため、
 バックを持って家を出た。
 徹平も牛乳のがぶ飲みして、
 家を慌てて出ていく。
 
 一瞬にして家の中が静かになった。

 菜穂は、食卓の食器を片づけた。
 
 可愛いティーカップに
 ハーブティーを用意して、雪菜の部屋に行く。

 扉をノックした。

「雪菜、入っていい?」

「うん。」

 鼻をぐずぐずしながら、返事をする。
 小さな丸いテーブルの上にティーカップを
 並べた。
 雪菜はベッドからそっと起きて、
 ちょこんと丸いクッションの上に座った。
 目と鼻が真っ赤になっていた。
 菜穂は、ティッシュをそっと差し出した。

「ありがとう。」

「んじゃ、聞いちゃうけど、
 何かあったの?」

「……うん。」

「凛汰郎くんだっけ?
 彼氏くん。」

「なんで名前知ってるの?」

「あ、聞かないことにしてたんだったけど、
 徹平が言ってたから。
 付き合ってるんでしょう、凛汰郎くんって人と。」

「お、おしゃべりめ…。」

「まぁ、いいから。
 言ってごらんよ。」

 深呼吸した。

「凛汰郎くんに距離置こうって言われた。」

「うん。」

「それで、ちょっとショックで…。」

「なんで、そういう話になったの?」

「私が悪いんだけど…。
 雅俊が彼女できたから気になって。」

「…雅俊くんってお隣さんのこと?」

「うん。雅俊は、幼馴染でしょう。
 その彼女が私の親友だったから
 何だかもやもやしてて…。」

「そっか。雪菜はどうしたいのかな。」

 意外な返事が来て目を大きくする雪菜。

「う、うん。
 別にどうこうするわけじゃないけど
 よそ見してるって受け取られて
 凛汰郎くんに幻滅されたかもって。
 でも、私はどうしたいかわからない。」

 菜穂は、雪菜の体をそっと抱きしめて、
 背中をトントントンとなでた。

「大丈夫。誰も何も言わないから
 正直になってみるといいよ。
 何か常識にとらわれると
 本当にしたいことがわからなくなるから。」

「……。」

 ふっと深呼吸した。
 目をつぶって、自分の胸に手をあててみた。
 自分のしたいことを想像してみた。
 
「本当は2人とも好きで、
 親友の緋奈子も好きだけど、
 それは全員恋愛対象なわけじゃなくて、
 みんなから離れたくない。
 でも、誰かに絞ると
 みんな離れてしまうのが
 苦しいし、怖い。
 同時に2人の男の人を好きになるのは
 変でしょう。
 それに親友も失いたくないって…。」

「そうだねぇ。
 恋愛って難しいよね。
 友達も大事にしたいし、
 何人も一緒に付き合うって
 見えないところならかろうじて
 ごまかせるけど
 目の前にいる訳だしね。
 でも、それって必ずランキングに
 できるはずだよ。
 雪菜の中で誰が一番大事なのか。
 そこから決めたらいいよ。」

「私の一番な人?」

「そう。
 でも、距離置きたいって言った
 凛汰郎くんだっけ。
 それは別れたいって
 言われたわけじゃないから、大丈夫。
 優しいと思うな。
 待ってるから、自分の気持ちに
 正直になりなよってことでしょう。
 離れてみてわかることもあるしね。」

「うん。そうだよね。
 確かに、こんな宙ぶらりんの私と
 付き合うなら別れた方がいいって思う。
 距離を取ってくれるってことは…。」

「考える時間、自分の心と向き合う時間だね。
 ……だいぶ気持ち落ち着いたね。
 んじゃ、そろそろ仕事行かないと。」

 菜穂は、食器を片づけて、立ち上がる。

「お母さん。
 仕事、遅刻になるの?
 大丈夫?」

「うん。大丈夫。
 今日、パートの吉田さん来てたから。
 何とか仕事回せる日。
 その分、残業はあるけど。
 ラッキーだったね、雪菜。」

「そっか。ごめんなさい。
 ありがとう。」

「どういたしまして!
 今日はゆっくり休んで、
 明日行くといいよ。
 鍵締めておくから。
 お昼ごはん、台所にお弁当置いてるから
 食べてね。
 んじゃ、行ってきます。」

「うん。行ってらっしゃい。」

 手を振って別れを告げた。
 雪菜は、さっきまで泣いていたのが
 嘘のように呼吸が整っていた。
 母に話してよかったと感じていた。
 
 制服からパジャマに着替えて、
 またベッドの中にもぐりこんだ。

 なんとなく、泣き止んだ
 今となると学校をずる休みしてる
 気分になって、そわそわしていたが、
 眠ってしまえばそんなことさえも忘れていた。