学校の靴箱の扉をパタンと閉めた。
昇降口は登校時間ということもあって、
ざわついている。

上靴を履いて、ため息をついた。
嘘をついた緋奈子とどんな顔をして
会えばいいのかわからなかった。
言いたくなったから、嘘ついたと
察した。

肩にバックの紐を右から左にかけ直した。

「雪菜。」

後ろから声をかけられた。

寝ぐせをぴょんとつけた凛汰郎だった。
くすっと笑みをこぼす。

「おはよう。」

そっと駆け寄って、寝ぐせを直してあげた。

「あ、ごめん。ありがとう。」

「ううん。大丈夫。
 妖気立ってたわ。」

「妖気なんて立ってないわ。
 ……雪菜、昨日、眠れなかったのか?
 くま出来てるぞ…。」

 目の下をおさえた。

「嘘、コンシーラーで
 隠してきたつもり…。
 いや、これは涙袋メイクっていう
 流行りの…。」

「もう、手遅れ。
 ばれてる…。」

「だ、だよね。」

「やなことでもあった?」

「大丈夫。
 いやな夢見ただけ。」

「嘘つくの下手だよな。
 まぁ、どうせ聞いても
 答えないだろうけど。」

 ポンポンと雪菜の頭をなでる凛汰郎。

「無理すんなよ。」

「う、うん。」

 足取りは重く、教室に2人は
 横に並んで向かう。

 先に来ていたのは、緋奈子だった。
 案の定、話しにくそうにちらちらと
 こちらを伺っていた。

 雪菜はあえて自分から話しに行くのは
 やめようと決めていた。 
 そう決めてから結局、
 丸1日緋奈子と
 話すことはできなかった。
 すれ違っても、
 お互いに素通りしていた。
 あんなにいろんなことを話す
 仲の親友だったのに、
 ボタンの掛け違い、
 緋奈子のやさしさが
 あだとなった。
 雪菜はごくんと
 のどがつっかえるようになる。
 ストレスだろうか。
 
 放課後、凛汰郎はバックにうずめる
 雪菜の前の席に座る。
 心配しているのだろう。
 何も声をかけずに音楽を聴いていた。
 しばらくそばにいて、待っていてくれた。 

 顔を上げると、イヤホンを外した。

「ん?」

「私はひどい人間なのかもしれない。」

「は?なんで?」

「欲深いから。
 なんでも欲しいものがあったら
 欲しいって思っちゃう。」

「それは誰でも思うんじゃないの?
 現実にできないだけで。」

「……確かにそうかも。」

「なんとなく、学校の様子見てて
 察したんだけど……。
 雪菜、雅俊のことで気にしてるんだろ?」

「な?!なんで?
 なんでわかるの?」

「昨日、雅俊と徹平君とゲームして、
 めっちゃ自慢してたから、あいつ。
 髙橋さんと付き合うって…。
 俺にアピールしてたのかな。」

「ゲーム?
 いつも夜やってるあれ?
 ……そうなんだ。
 でも、気にしてるって
 気にしてないは嘘になるけど。」

「どちらかと言えば、
 高橋さんとの関係か?」

「うーん、そうだね。
 本当のことを言えば
 どっちもだけど…。」

「ずいぶん、今日は話すね。
 隠すと思ってた。」

「え、だって言うから。
 凛汰郎くんが。」

「俺は、別に…。」

 しばし沈黙が続く。
 教室の窓から風が吹き込んできた。
 カーテンが揺れる。
 雪菜は立ち上がって、
 窓とカーテンを閉めてまとめた。
 外を眺めると今は見たくないものを
 見てしまう。

 雅俊と緋奈子が肩寄せ合って、歩いていた。
 完全に彼氏彼女だと目の当たりにする。

 はっと息をのむ。
 目から涙がこぼれる。

「俺のこと忘れて、何を見てんのさ。」

 立ち上がった雪菜の頬にそっと口づけた。

 でも、今の雪菜には何の気持ちも
 湧きあがらなかった。
 
 親友を失った悲しみと
 幼馴染が離れていく悲しみが大きかった。

「ごめん。今は答えられない。」

 手のひらで涙を何度もぬぐう。
 そっと顔を抱き寄せて、頭をなでた。

「いいよ。そのままで。」

「ごめんなさい。」

「謝るなって。
 俺が悪いことしてるみたいだ。」

「うん。」

「しばらく、
 距離置こうかなと思うんだけど。
 受験勉強に集中しようと思って。」

「え、来週会う約束は?」

「今の雪菜の精神状態じゃ、俺が耐えられない。
 落ち着いてからにしよう。
 今の雪菜は俺、見ていないから……。」

 見透かされていた。
 もう、見てる方向さえもばれていた。
 このままでは
 二兎追うものは一兎も得ずになると
 急に焦りを感じたが、すでに遅かった。

「ごめっ、もう、言わないから。」

「無理するなって。」

「え、会いたいもん。
 一緒に映画見るって言ってたよね。
 私、楽しみにしてたから。」

 首を縦に振ろうとしなかった。
 雪菜はさらに涙を流す。

「雪菜のせいじゃないんだけど、
 模試の結果がちょっと低かったから
 頑張らないとなって思ってて…。
 俺から誘っておいて悪いんだけどさ。」

 本当は模試なんて受けてない。
 断る口実を作りたかっただけだ。

「そっか……。」

「会えないわけじゃないから。
 一緒に帰ることはするわけだし。
 でも嫌ならやめておくけど。」

 首をぶんぶんと振る。

「やだ。一緒に帰る。」

 駄々をこねる子供みたいだ。

「うん、わかった。」

 少し笑みを見せた。

「んじゃ、帰ろう。」

「うん。」

 その一言を話して、
 2人は沈黙のまま
 家路を帰った。

 もやもやした空気をまた作った。
 今の雪菜にはネガティブな気持ちが
 大きくなっていた。

 夜空に浮かぶには、
 えんぴつのように細い三日月が
 ぼんやりと照らされていた。
 曇っていて星は全然見えていなかった。