突然話しかけてきた男子生徒を
振り切って、凛汰郎と雪菜は、昇降口にある
靴箱で外靴に履き変えた。

「さっきの何だろうな…。
 ファンクラブって…。」

パタンと靴箱を閉めてつぶやく。


「雅俊にもファンクラブあるって
 言ってたけど、まさか私にあるなんて、
 寝耳に水だよ。
ちょっと怖かった……。」

「またなんかあったら声かけて。
 さっき言ったけどさ、効き目あるか
 わからんし。」

「うん、ありがとう。」

 ふと、足元の段差を見て、ゆっくりと進んだ。
 顔を見上げると、校門近くで
 何だか心がざわざわする2人を見かけた。

 雅俊と緋奈子が隣同士仲良さそうに
 歩いている。

 「……あ。」

 言葉が出なかった。
 別に何とも思ってないはずなのに、
 なぜか身近な存在の緋奈子が雅俊の隣に
 いるなんて、胸のあたりがざわざわする。

 なんとなく、察した凛汰郎が後ろから
 手を伸ばしてみた。

「ん。」

 左手で雪菜の右手をつかんだ。
 
「あ、ごめん。変なとこ見てた。」

「よそ見してると事故るよ?」

「車の運転ではないんだけどさ…。」

「目の前、しっかり見ててよ。」

「う、うん。見てる見てる。」

 雪菜は、顔をぶんぶん横を振って、
 切り替えた。

「無理にとは言わないけどさ。
 気持ち、変わったら言って。」

「え、変わってないよ。
 大丈夫。」

 少し目が泳ぐ。凛汰郎は、
 雪菜のいうことを
 信じてないが、信じてると
 思い込んだ。

「…なら、いいけど。
 そういや、塾通わないといけないからさ。
 しばらくこの時間しか会えないだけど。」

「ああ、そっか。
 受験まで数か月しかないもんね。
 私は、専門学校だから
 そこまで勉強しなくても大丈夫なんだけど、
 凛汰郎くんは、大学受けるんでしょう。」

「さっき、
 進路指導室で大学の資料見て来た。
 花屋継がないといけないかと思って、
 念のため、
 農業大学か園芸学科行っておこうかと
 思ってた。」

「そっか、お父さんの仕事引き継ぐんだね。
 なんだ、進路指導室行くなら、
 私も見たかったな。」

 車の走る音が響く、通学路で
 2人は横に並んで歩く。
 前の方で雅俊と緋奈子が歩いているのを、
 横目でチラチラと見ながら、進む。

「あー、なんだ。
 一緒、行けばよかったんだな。
 気が付かなくてわるい。」

「別にいいよ。
 今度行くから。
 気にしないで。」

 歩きながら、しばし沈黙が続く。

「土曜か日曜…。
 やっぱ、塾終わったら、どう?」

「え……。
 うん。別に用事はなかったけど、
 何時頃になりそう?」

「16時くらい…。
 遅い?」

「ううん。大丈夫。
 どこで待ち合わせする?」

「雪菜、洋画と邦画だったら
 どっち見る?」

「うーん。
 どちらかと言えば、邦画アニメ?
 ジブリとか新海誠監督のとか。
 あまり洋画は見ないかも。
 え、待ち合わせの話はどこ?」

「家でDVD見ないかなと思って…。
 レンタルしておくから。
 一緒に見ようよ。」

「どこかに出かけるんじゃないんだね。
 まー、いいけど…。」

 凛汰郎は小さくガッツポーズした。

「ん?何かあった?」

「別に、何も。
 コンビニ寄っていい?
 肉まん食べたい。」

 凛汰郎は、
 近くのコンビニを指差しして言う。
 いつの間にか前を歩いていた
 雅俊と緋奈子の姿が見えなくなっていた。


 公園のベンチでならんで
 少し肌寒い中、湯気が湧き起こる
 肉まんを食べた。
 ほかほかと気持ちもお腹も温かくなった。

「美味しい。
 そういえば、コンビニの肉まん初めて
 食べたかも。」

 雪菜がボソッとつぶやく。

「うそ。食べたことないの?
 俺、しょっちゅう食べてるよ。
 まさか、肉まんは初めてじゃないよね?」

「スーパーで売ってる肉まんは
 食べたことあるよ!もちろん。
 コンビニあまり寄らないし…。
 これでもダイエットとか…
 気にしてたから。
 でも、今日は特別だけどね。」

 そんな何気ない瞬間が
 ほんわかとして、
 気持ちが
 落ち着いていた。

 凛汰郎に歩いて
 家まで送ってもらい、
 玄関先で
 別れた後は、2階の
 自分の部屋の中に
 行くまでに
 胸のザワザワする気持ちが
 復活してきた。

 カーテンを開けて
 窓の外を見ると、星がキラキラと
 輝いているのに、
 もやもやした気持ちが
 残ったままだった。

 満たされているはずなのに…。