学校のチャイムが鳴る。

校舎のカザミドリはゆっくりと回っている。
天気もよく、風も弱かった。

教室がざわつく中、菊地紗矢が、3年の雪菜と凛汰郎のクラスに
来ていた。

「せんぱーい!!」
 
 後ろの出入り口は放課後で帰宅生徒で溢れていたが、
 負けじと、雪菜たちを呼ぶ。

「あれ、紗矢ちゃん。
 どうかした?」

 荷物を机に置いたまま、雪菜は駆け寄った。
 凛汰郎は気にもせず、前の出入り口から
 帰ろうとしていた。

「あ、先輩、平澤先輩にも用事あったんですけど、
 入ってもいいですか?」

「放課後だし、
 別にいいと思うけど、
 ちょっと待って。
 呼んでくるから。」
 
 雪菜は、凛汰郎の後ろを追いかけて、
 肩をたたいた。

 ワイヤレスイヤホンをつけていた凛汰郎は、
 雪菜で声をかけられて、片方を外した。

「は? 何?」

とても嫌そうな顔をされて、少しぐさっと
ハートをえぐられた。

「ご、ごめんね。凛汰郎くん。
 紗矢ちゃんが、何か用事あるんだって。」

「は、なんで。
 部活終わってんじゃん。
 3年はもう部活行かないでしょう。」

「いいから、とりあえず来て。」

 拒否することも許さない雪菜は、
 力任せに凛汰郎の制服のすそを
 引っ張った。

「ちょ、待てって。
 伸びるから、ひっぱるな。」

「はいはい。」

 本当は、連れていかれて、
 うれしそうな凛汰郎。
 素直に言えない。

「おまたせ。紗矢ちゃん。」

紗矢は廊下で待っていた。

「すいません。
 これから帰宅というところ
 呼び止めちゃって。」

「いいのいいの。
 大丈夫。
 それで、用事って何?」

 凛汰郎は黙って雪菜の横に立つ。

「実は、
 お二人の弓道部引退セレモニーを
 考えておりまして、
 ご都合を伺おうかなと思ってました。
 いつ頃でしたら、大丈夫ですか?」

「え、本当?
 ありがとう。
 うれしいなぁ。」

「え、お、俺は…塾…。」

 凛汰郎は、雪菜に口をふさがれた。

「私《《たち》》はいつでも大丈夫よ。
 そちらに任せます。」

「本当ですか。助かります。
 私たちも試合と重なったりすると
 練習もままならなくなるので、
 早めにと考えていました。
 …あとお2人も受験勉強で
 忙しくなるでしょうからと…。
 そしたら…。」

 紗矢は、バックから手帳を取り出した。
 雪菜は、凛汰郎に小声で

「塾って言ったらいつまでも
 セレモニーできないでしょう。
 後輩たちの都合考えて。」

「なんで、行かなきゃないんだよ。
 俺、そういうの嫌《きら》…。」

「お待たせしました。
 えっと、20日はいかがですか?
 その日は、部活動の時間を
 セレモニーの時間になります。
 会場は、化学室を借りることに
 なってます。
 大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫だよ。
 放課後になったら
 すぐ化学室向かって
 いいのかな?」

「えっと、お時間つぶしていただいて、
 16時15分頃に来てもらってもいいですか?」

「準備するのかな?
 わかった。
 んじゃ、20日の16時15分ね。
 私、凛汰郎くん連れていくから
 任せて。」

「はい。よろしくお願いします。」

 紗矢は、ご機嫌に立ち去って行った。
 雪菜の意思をついで、部長になっていた。
 紗矢の姿が見えなくなってから。

「なんで、勝手に決めるんだよ。」

「私、わかるから。
 3年生の引退セレモニーの準備を
 やるの大変なのは
 一番に知ってる。
 凛汰郎くんは用事があるって
 2年間参加してなかったから
 知らないだろうけど…
 寄せ書きは書いてたもんね。」

「……悪かったよ。
 俺、そういうの恥ずかしくて
 見てられないんだ。
 あと大人数でパーティとか
 苦手だし。」

「苦手なのも知ってるけど、
 これで最後だから、
 後輩たちのために参加して。
 お願いだから。」

「俺、嫌われてるのに?」

「え……。」

「俺、知ってるよ。
 この間のお前が入院してて、
 雰囲気悪くしたこと。
 みんなに好かれてなかっただろ?」

「ああー--…。
 NOとは言えないけどさ。」

「ほら、見ろ。
 俺、行かない方が盛り上がるから。
 白狼が参加しろよ。
 俺は、いないもんだと思えって。」

「…私は好きだよ。
 凛汰郎くん、弓道してる時
 誰よりも集中してるし、
 まぁ、人には優しくないけど。」

 髪がなびいた。

 廊下の窓の外の校庭を見て、
 サッカーをする雅俊が見えた。
 ホイッスルが鳴り、
 イエローカードを出されて、ベンチに座っている。
 
 廊下を見渡すと、5クラスある3年の教室には
 いつの間にか自分たち以外、誰もいなくなっていた。

「……なぁ、それって告白?」

「………。」

「………。」

髪をかき上げて、ぼんやりしていると、
凛汰郎がふとつぶやく。

ハッと現実に戻る。

「え?! 今私、なんていった?」

「好きって…。」

「え、言ってないよ。
 勘違い。
 気にしないで。
 気のせいだから。」

 バックを持ち直して、真っ赤にした
 顔を両手で隠した。
 見えないだろうと後退して、
 その場から逃げようとした。

 後ろから、凛汰郎に左腕をつかまれて、
 幽霊が出たかと思うくらいの悲鳴をあげた。

「ちょっと待って。」

 一瞬、時間がとまったようだった。